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2005年 07月 13日
【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」57(その4) 【妄言の女王】
第67回「バカの壁・再」57(その4)
~中国『遺棄』化学兵器問題考~


その3からの続き。

先程引用した産経の社説ですが前略の部分にはこうありました。
【主張】毒ガス訴訟 有意義な事実認定の争い(産経新聞)
 旧日本軍が中国に遺棄したとされる毒ガス兵器で死傷者が出たとして、中国人被害者らが日本政府に損害賠償を求めた訴訟の控訴審が東京高裁で始まった。国はこの種の戦時賠償訴訟で初めて、事実関係についても争う姿勢を示した。誤った歴史認識を後世に残さないために有意義な取り組みである。

 この訴訟は一九七四年から九五年にかけ中国で起きた三件の化学兵器による死傷事故をめぐって争われている。一審の東京地裁は昨年九月、原告側の主張をほぼ認め、国に約一億九千万円の賠償の支払いを命じた。

 しかし、その後の国側弁護団の調査で、うち一件は化学兵器の入ったドラム缶の大きさや表記などから旧ソ連製である可能性が濃厚になった。また、当時の中国国民党軍も化学兵器を製造していたことが分かり、残る二件についても旧日本軍の遺棄化学兵器が原因とは断定できないとしている。控訴審の行方が注目される。

 通常、こうした旧日本軍の戦争責任を問う裁判では、被告国側の弁護を法務省の検事が担当する。今回も同省民事訟務課の検事らが担当したが、旧日本軍の資料や中国の文献などを丹念にあたり、綿密な反証調査を行った。その努力を評価したい。

(後略)
■さぁ面白くなってきましたね。

>しかし、その後の国側弁護団の調査で、うち一件は化学兵器の入ったドラム缶の大きさや表記などから旧ソ連製である可能性が濃厚になった。

事実関係を争わないとこう言うことになると言う良い例ですね。
もしこの裁判の地裁段階で国側勝訴だったらおそらくこの事実は絶対に出てこなかったでしょう。


>また、当時の中国国民党軍も化学兵器を製造していたことが分かり、残る二件についても旧日本軍の遺棄化学兵器が原因とは断定できないとしている。

5月判決でも述べましたが9月判決にも事実認定の部分でこう言う部分があります。

>ウ 佳木斯市においては,1932年に日本軍の第63連隊が佳木斯を占領し,終戦時にも関東軍が駐屯していた。そして,証拠上,日本軍以外が中国国内に毒ガス兵器を配備したという事実は認められず,発見された砲弾の形状も日本軍が製造していた「きい弾」と矛盾しない。

裁判所がなんでこうも安易に「日本軍以外化学兵器を配備していないから化学砲弾は日本軍のものだ」という主張になるのか全く理解できませんが、その安易な主張を根底から覆しそうなエラい証拠が出てきましたね。
以前「【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」55(その1) 【妄言の女王】」では、ソ連に接収されて中共に供与された日本製兵器や中共に供与されたソ連製兵器には言及しましたが、国民党軍が化学兵器を配備していたとは盲点でした。

また、この判決でもソ連に接収されて中共に供与された日本製兵器や中共に供与されたソ連製兵器と言う観点がごっそり抜け落ちています。
これも既述しているように国が事実関係で争っていないからですね。
しかし、一番驚いたのは

>(4) 中国における毒ガスの使用
>(前略)
>1941年12月に太平洋戦争が開始され,1943年6月,アメリカ大統領ルーズベルトが日本に対し,毒ガス使用の違法性を指摘して警告をする声明を出したが,その後も,1944年7月まで,日本軍は中国戦線において「きい剤」などの毒ガス兵器の使用を継続した。


この部分でした。
いや、正直これは私の不勉強で初耳でした。
大抵の資料は太平洋戦争開始後か1943年6月にルーズベルトに脅されて使用を中止したというものでしたので、1944年7月まで使い続けていたと言う資料はこの判決が初めてです。

この事実が正しかったとすれば米国は1943年6月に「中国大陸で日本軍の毒ガス使用について警告し、使用を続けるようであれば報復する」という声明を出しながら、1944年7月まで使い続けていた日本軍に対して報復をしなかったと言うことになります。
これは米国と国際法を知る者として非常に奇妙なことです。

米国の「やると言ったらやる気質」については言うまでもありませんが「第67回「バカの壁・再」55(その3)」でも述べたように「窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」で禁止されていたのはあくまで「使用」であり「開発・生産・貯蔵」など化学兵器自体を保有する事は認められていました。

これはなぜかと言えば戦時復仇措置としての毒ガスの使用は違法性を阻却されていた為で、まさにこの場合に該当します。
つまり、簡単に言えば日本軍が中国大陸で使っている程度であれば米軍が日本軍に報復する行為は違法性を阻却されるんですね。
つまり、使う条件は揃っているにもかかわらず使わなかったと。
広島と長崎に原爆を落とした連中ですよ、個人的には俄に信じがたいですね。


話がそれました。
この二つの判決については-素人でも指摘できるような事実誤認はともかくとして-二つとも国が事実関係を争わなかったが「日本軍により遺棄された化学兵器」であると認定されているので、これらの化学兵器については日本側が処理する義務が発生します。
賠償に関してはまた別の話なので割愛。

まぁ繰り返し言っているように事実関係については争っていませんので、9月判決のようによくよく調べてみたらソ連製だったとか、本当に日本軍が遺棄したものなのかという疑問はついて回るわけですね。

しかし、だからといって全部日本軍が遺棄したなどという主張は笑止千万ですし、ましてや政府や報道が過去に「日本軍が遺棄した」と扱ってきたから日本軍が遺棄したんだなどという主張は荒唐無稽にも程があります。


>だから私自身はここでは「日本製であり、遺棄されたものである」ことを示しません。なぜなら上記の権威筋に比べて私の調査力や情報力は遥かに小さくゼロに近いからです。
>(理解していただけますね。・・・2)


結論:理解できません。

先程から述べているように前提としての日本政府や調査団や裁判所判断や報道各社と言った権威筋による公式・準公式の見解は「日本製であり遺棄された物」と認識しているという事実がすでに間違っています。
私以外にも「Cpt.higeさん」や「通りすがりさん 」も指摘されています。

しかしまぁ唯一合っていることが一つだけありましたよ。

>なぜなら上記の権威筋に比べて私の調査力や情報力は遥かに小さくゼロに近いからです。

今回貴方の書き込みで唯一の正解です。

貴方も自説曲げて同意したように旧日本軍の化学兵器問題の争点は「日本製であるか否か、遺棄された化学兵器であるか否か」の二点ですね。
まず根本的に日本が処理する義務があるのは

1.日本製であり
2.遺棄されたものである


と証明された化学砲弾のみ。
日本製ではないとか、日本製だと証明されなかった砲弾や日本製でも遺棄されたと証明されなかった砲弾について日本側が処理する義務は一切ありません。


>しかし公式または準公式となってしまっている見解に対し、異議を唱え覆そうとする者は「日本製ではなく、また遺棄されたものではない」ことを示す具体的で直接的で説得力を持つ証拠を示す必要があります。(了解していただけますね。・・・3)

結論:了解しません。

なぜなら「公式または準公式となってしまっている見解」ではないからです。
公式見解は前述の通り

1.中国に遺棄された日本製化学砲弾は日本が処理しなければならない。
2.推定約70万発の旧日本軍の化学兵器が中国国内に存在する。


であり、遺棄を認めた裁判は一つは結審しているがもう一つは結審していない。
またその判決を正しいものとして扱ったとしても、その二件のみが日本軍による遺棄化学兵器となり、その砲弾は日本が処理する義務を持つがその他については処理する義務を持ちません。


>字句どおり理解してください。みなさん自身の言葉です。つまり外国製である事を示すことではなく、日本製でない事を示すこと。また接収引渡しであった事を示すことではなく、遺棄された物ではない=遺棄された事実はない事を示すことが必要です

結論:必要ではありません。

貴方が我々に求めている

>遺棄された物ではない=遺棄された事実はない事を示すこと

これを悪魔の証明と言います。

よって我々にはそれを証明する義務はありません証明する義務があるのは「日本軍の遺棄化学兵器である」と主張している中国政府と貴方です。


>にもかかわらず、みなさんからはこれまで一度も具体的で直接的で説得力を持つ証拠や説明を頂いていないと理解しています。(認めていただけますね。・・・4)

結論:当たり前です。

前述のように我々には証明する義務はありませんから、していなくて当然です。


>みなさんご自身の議論の進め方があるかと思います。しかしここは我慢していただいて、上記の私の質問(1,2,3,4)に対して字句を尊重していただき、ブレる事無く回答していただけるとうれしいです。
>みなさんの考えとの溝を埋めていくのに役立つと考えます。


結論:相手に悪魔の証明を求める為に全く有意義ではなく、溝は深まるばかりです。
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by bosc_1945 | 2005-07-13 00:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 12日
【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」57(その3) 【妄言の女王】
第67回「バカの壁・再」57(その3)
~中国『遺棄』化学兵器問題考~


その2からの続き。

で、私から5月判決について三点指摘します。

まず第一点は「国側は事実関係について一切争っていない」こと。
原告と日本政府が徹底的に事実関係を争った上で裁判所が認定したというのなら別だが、原告と日本政府が事実関係について全く争っていない為に原告側の言い分が基礎になり事実認定されていると言うことですが、これは非常に危険なことです。
これは後述する9月判決に関する産経のコラムですが
【主張】毒ガス訴訟 有意義な事実認定の争い(産経新聞)
(前略)
 これまでの戦時賠償裁判で、国はこのような反証にあまり熱心ではなかった。事実認定で争わなくても、旧憲法下では個人が国家に請求できないとする「国家無答責」の法理、民法の規定で不法行為から二十年を過ぎると訴えの利益を失うとする「除斥期間」、戦時賠償問題は日中共同声明などで解決済みとする政府見解などにより、最後は勝訴できる公算があったからだ。

 その結果、賠償請求は棄却されても事実認定で原告側主張が認められ、史実の誤りが独り歩きするケースが少なくない。旧陸軍731部隊の細菌戦賠償責任を否定しながら、それによる中国人犠牲者を「一万人以上」と認定した一昨年八月の東京地裁判決などがそうだ。しかし旧日本軍の戦争責任に厳しい見方をする学者でさえ、犠牲者は「多くて千人」としている。

 間違った歴史認識は教科書の記述を歪(ゆが)める。法務省はこれからも、法律論だけでなく、歴史事実の認定についても積極的な反論を試みてほしい。
■と、裁判所の認定する事実は必ずしも歴史的事実とイコールではないと言うことですね。
これはある意味当然と言えるかも知れません、なぜなら-これは9月判決にも共通しますが-裁判所が学術的な調査を行って歴史的事実を認定するわけではないからです。
裁判所が行うのは双方の主張と提示した資料に基づく事実認定ですから事実認定について争わないケースでは注意が必要です。


第二点には「日本軍はポツダム宣言に基づき武装解除されたと認定されている」こと。
これは

>昭和20年(1945年)8月の終戦に際し,同月14日に受諾したポツダム宣言において,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきものとされていたところ,これを受けて各地に駐屯ないし派遣されている日本軍に対し,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器及び装備を現状のまま引き渡すべきことが命じられた。

>中国に駐屯していた日本陸軍は,終戦に際して武器及び装備の引渡しが命じられていた


と言う部分から分かります。
では、こう言う記述を思い出してください。

>化学兵器を引き渡したとする直接的で具体的な証拠なり証言を提示するべきなのです。
(中国の遺棄化学兵器について・kimdongsung)

>しかし、実際に、国民党軍やソ連軍などに化学兵器を引き渡したとする直接的で具体的な証拠なり証言なりは存在するのでしょうか?
(Re:そもそもの問題として(07/04)・kimdongsung)

改めてこう言いましょう。
裁判所で「日本軍は武装解除され、武器及び装備の引渡しが命じられていた」と認定されていますが何か?


第三点には「中国・ソ連製兵器の可能性を考慮していない」と言うことです。

>毒ガス兵器については日本軍以外にこれを中国に持ち込んだ国等があることを窺わせる形跡は存しないから,本件各事件は,日本陸軍が生産して中国に持ち込み,終戦前後に遺棄した毒ガス兵器又は砲弾により生起したと認めることができ,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

つまり、要約すると「中国大陸には日本製化学兵器以外存在しないから、化学兵器による被害があったとすれば日本製によるものである」という論理です。

しかし、以前「【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」55(その1) 【妄言の女王】」で言及している様にソ連に接収されて中共に供与された日本製兵器や中共に供与されたソ連製兵器と言う視点-もっといえば「日本軍は武装解除された」と認定しながら「武装解除され引き渡された兵器」の存在に言及していない-がごっそり抜け落ちて欠落しているという事ですね。
これは後述する9月判決と共通していますが、原因は第一点で述べたように国が事実関係で争っていないからですね。


これらの事を考えれば、日本軍による遺棄の違法性を認めたが日本政府による責任はないという判決とはいえ極めて片手落ちな判決と言えます。
この判決に関しては結審しているようですが、国側勝訴ですので原告側控訴がありえます。
しかし、色々調べてみたんですが控訴したかどうかちょっと確認が取れていません。


さて9月判決は

>主文
>1 被告は,X1,X2,X3,X4,X5,X6,X7に対し,それぞれ,2000万円とこれに対する平成9年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
>2 被告は,X8,X9,X10に対し,それぞれ,1000万円とこれに対する平成9年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
>3 被告は,X11,X12,X13に対し,それぞれ,666万円とこれに対する平成9年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
>4 X10のそのほかの請求を棄却する。
>5 訴訟費用は被告の負担とする。


と、国に賠償を命じる原告側勝訴判決です。

原告らは

>(2) 日本軍による遺棄・隠匿
> 中国東北部には,多数の毒ガス兵器が関東軍配下の部隊に配備されていたが,1945年8月の終戦前後,ソ連が参戦したことに伴って,国際法違反の毒ガス兵器を早急に隠さなくてはならなくなった。各部隊は,毒ガス兵器を極秘のうちに遺棄するようにとの指示を受けて,これを地下に埋めたり,付近の河川に投棄して隠匿した。隠匿する時間がないときには,毒ガス兵器を通常兵器と一緒に倉庫に放置するなどして遺棄し,逃走した。
> 本件の各被害があった中国東北部の佳木斯市,牡丹江市,東前村は,終戦時に関東軍が駐屯していた場所か,付近に弾薬倉庫が存在していた場所であり,日本軍により毒ガス兵器や砲弾が遺棄・隠匿された地域である。
>  
>(3) 中国国内における放置
> このような遺棄・隠匿行為は,ポツダム宣言に基づく武器引渡義務に違反するものでもあった。被告である国は,違法であることを知りつつ,また,8月14日に受諾したばかりのポツダム宣言にも違反して,毒ガス兵器などの遺棄・隠匿を組織的に行ったのである。
> ところが,被告は,戦後も,中国に遺棄・隠匿した毒ガス兵器や砲弾について,危険な状態を除去するための努力を一切行わず,これを放置した。かえって,毒ガスの生産・使用という国際法上違法な行為の隠蔽に努め,関係文書を廃棄し,危険な状態を作出したこと自体を隠蔽し続けることによって,危険を増大させ,被害を発生させた。


と主張し、被告(国)は事実関係についての主張がありません。
なぜかというのは既述ですね。

で、裁判所の認定は

>(5) 中国における毒ガス兵器の遺棄
>ア 1945年8月14日,日本は,ポツダム宣言を受諾した。ポツダム宣言では,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきものとされていたので,これを受けて,各地に駐屯ないし派遣されている日本軍に対しては,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器や装備は現状のまま引き渡すべきことが命じられた。
>イ しかし,終戦前から終戦後にかけて,中国においては,日本軍の部隊に配備されていた毒ガス兵器につき,上官の命令により,部隊でこれらを川に投棄したり地中に埋めたりして,隠匿することがあった。
>  チチハル市に駐屯していた関東軍化学部の隊員らは,8月13日,上官の命令を受けて,付近を流れる嫩江に毒ガス兵器を投棄した。チチハル市フラル>キ区に駐屯していた訓練部隊の隊員は,戦争終結後,上官の命令を受けて,付近の地中に毒ガス兵器を埋めた。
>  湖南省湘潭県に駐屯していた支那派遣軍第6方面軍第11軍の自動車第34連隊の隊員らも,8月20日,部隊の保有している毒ガス兵器を隠密裏に処理せよとの命令を地区司令部から受けて,付近を流れる湘江に毒ガス兵器を投棄した。
>ウ 陸軍の機密書類については,8月14日,陸軍大臣の命令により,全陸軍部隊に対し,各部隊の保有する機密書類は速やかに焼却すべきことが指令された。これに基づき,陸軍習志野学校などにおいて,化学兵器に関する書類の焼却が行われた。陸軍省と各部隊間の書簡などの公文書も,1942年ころから終戦までのものは,指示に従って,各部隊により焼却が行われた。


と言うものでした。
やはりここでも

>1945年8月14日,日本は,ポツダム宣言を受諾した。ポツダム宣言では,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきものとされていたので,これを受けて,各地に駐屯ないし派遣されている日本軍に対しては,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器や装備は現状のまま引き渡すべきことが命じられた。

「日本軍は武装解除され、武器及び装備の引渡しが命じられていた」と認定されていますね。
あまつさえ原告側にも

>このような遺棄・隠匿行為は,ポツダム宣言に基づく武器引渡義務に違反するものでもあった。

「日本軍にはポツダム宣言による武器引渡義務がある」と言われています。

で、判決についてですが国側控訴のため結審しておらず現段階では結論たり得ないので詳細については控えます。

字数の関係でその4へ続く。
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by bosc_1945 | 2005-07-12 02:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 12日
【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」57(その2) 【妄言の女王】
第67回「バカの壁・再」57(その2)
~中国『遺棄』化学兵器問題考~


その1からの続き。

ちょっと整理しましょう 2005年07月11日 16時32分03秒 (kimdongsungさん)
某S氏さんたちの
>旧日本軍の化学兵器問題の争点は「日本製であるか否か、遺棄された化学兵器であるか否か」の二点

という考えに私もほぼ同意します。

下記の私の質問に答えてください。何れもきわめて簡単な質問で、イデオロギーもありません。毒ガス兵器に対する態度にも無関係です。

日本政府や調査団や裁判所判断や報道各社と言った権威筋による公式・準公式の見解は「日本製であり遺棄された物」となっています。(このことは同意して頂だけますね。・・・1)
(権威筋の見解の正誤に付いて言っているのではありません。事実関係だけです。)

だから私自身はここでは「日本製であり、遺棄されたものである」ことを示しません。なぜなら上記の権威筋に比べて私の調査力や情報力は遥かに小さくゼロに近いからです。
(理解していただけますね。・・・2)

しかし公式または準公式となってしまっている見解に対し、異議を唱え覆そうとする者は「日本製ではなく、また遺棄されたものではない」ことを示す具体的で直接的で説得力を持つ証拠を示す必要があります。(了解していただけますね。・・・3)

(字句どおり理解してください。みなさん自身の言葉です。つまり外国製である事を示すことではなく、日本製でない事を示すこと。また接収引渡しであった事を示すことではなく、遺棄された物ではない=遺棄された事実はない事を示すことが必要です)

にもかかわらず、みなさんからはこれまで一度も具体的で直接的で説得力を持つ証拠や説明を頂いていないと理解しています。(認めていただけますね。・・・4)

みなさんご自身の議論の進め方があるかと思います。しかしここは我慢していただいて、上記の私の質問(1,2,3,4)に対して字句を尊重していただき、ブレる事無く回答していただけるとうれしいです。
みなさんの考えとの溝を埋めていくのに役立つと考えます。
■さて「妄言の女王kimdongsung」が他人の書き込みを全く読まずまた何か言っています。

>某S氏さんたちの
>>旧日本軍の化学兵器問題の争点は「日本製であるか否か、遺棄された化学兵器であるか否か」の二点

>という考えに私もほぼ同意します。


(゚Д゚ )ハァ?

日記に

>私は、残存する毒ガス兵器を日本が責任を持って処理するのは、倫理的にきわめて当然のことと思います。

こう書いたのは忘却の彼方ですか?

>旧日本軍の化学兵器問題の争点は「日本製であるか否か、遺棄された化学兵器であるか否か」の二点

に同意するって言うことは「日本製であり、遺棄された化学兵器以外は処理しなくていい」と認めることになり、「残存する毒ガス兵器を日本が責任を持って処理するのは、倫理的にきわめて当然」と言う意見とは対極的な意見です。
そこまで理解してるんですか?


>下記の私の質問に答えてください。何れもきわめて簡単な質問で、イデオロギーもありません。毒ガス兵器に対する態度にも無関係です。

もし相手に質問したいと思ったらまず以下の行為を完全に履行ましょう。

まず相手の書き込みを読め。
そして、相手の質問に答えろ。


相手の質問には答えないけど、俺の質問には絶対答えろじゃ「議論」にならん。

以前にも同じようなことを繰り返しましたね、貴女には学習機能がないのですか?


>日本政府や調査団や裁判所判断や報道各社と言った権威筋による公式・準公式の見解は「日本製であり遺棄された物」となっています。(このことは同意して頂だけますね。・・・1)

結論:同意しません。

まず根本的に

>権威筋による公式・準公式の見解は「日本製であり遺棄された物」

と言う前提が間違っています。

まずは日本政府の見解から

>概要
>(1) 略
>(2) 我が国が平成7年9月15日に批准し、平成9年4月29日に発効した化学兵器禁止条約は、条約発効後原則として10年以内に他の締約国の領域内に遺棄したすべての化学兵器の廃棄を完了することを締約国に義務付けている。中国も平成9年4月25日に同条約を批准し、原締約国となったため、我が国は同条約に基づき中国の遺棄化学兵器を廃棄する義務を負っている。
>(3) これまでの現地調査の結果、推定約70万発の旧日本軍の化学兵器が中国国内に存在するとして、化学兵器禁止機関に対し申告を行った。
>(4) 略
>(5) 略

(遺棄化学兵器処理担当室「概要」より)

読めば分かりますね。

公式見解は「推定約70万発の旧日本軍の化学兵器が中国国内に存在する」であり、全量が遺棄されたとは認めていない。


次に、裁判所の判断について。
現在私が把握している遺棄化学砲弾関連判決は次の二件です。
H15. 5.15 東京地方裁判所 平成 9年(ワ)第22021号 損害賠償請求(以後、5月判決と呼称)
H15. 9.29 東京地方裁判所 平成 8年(ワ)第24230号 損害賠償請求(以後、9月判決と呼称)

まず5月判決について。

>主文
>1  原告らの請求をいずれも棄却する。
>2  訴訟費用は原告らの負担とする。


国側勝訴判決です。

原告らは

>エ 毒ガス兵器及び砲弾の中国への遺棄
>中国に駐屯していた各部隊は,昭和20年(1945年)8月,第2次世界大戦終了前後のころ,毒ガス兵器を極秘のうちに遺棄するようにとの指示を受け,これを地下に埋めたり,付近の河川に沈めるなどして,あるいは通常兵器と一緒に倉庫に放置し,これらを中国に遺棄した。


と主張し、被告(国)は

>(1) 前提となる事実関係及び原告らの被害事実に関する主張について
>原告らの請求は法的根拠を欠き,その根拠として主張する事実もそれ自体において失当であるから,これについて認否の必要はない。


請求自体が法的根拠を欠いているから、その根拠としている事実も不当である。よって事実認定で争う必要はないと、国側は事実関係については争うことをしていません。

で、裁判所は

>オ 昭和20年(1945年)8月の終戦に際し,同月14日に受諾したポツダム宣言において,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきものとされていたところ,これを受けて各地に駐屯ないし派遣されている日本軍に対し,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器及び装備を現状のまま引き渡すべきことが命じられた。
>そのころ,中国に配備された毒ガス兵器の処理に関し,チチハル市に駐屯していた前記関東軍の516部隊の隊員らが,これを処分せよとの上官の命令を受けて,付近を流れる嫩江という川に投棄したり,また,チチハル市フラルキ区に駐屯していた前記関東軍の526部隊の隊員が,前同様の上官の命令を受けて,付近の地下に毒ガス兵器を埋めたり,さらに,湖南省湘潭県に駐屯していた支那派遣軍第6方面軍第11軍の自動車第34連隊の第3中隊長が,部隊の保有している毒ガス兵器を隠密裡に処理せよとの湘潭の地区司令部からの命令を受けて,同中隊を指揮し,付近を流れる湘江という河川に毒ガス兵器を投棄したというようなことがあった。

>(3) 以上の各事実に照らして検討するに,日本陸軍が多量の毒ガス兵器を生産し,これを中国に持ち込んで配備したこと,終戦前後に日本陸軍に所属していた数名の軍人が上官の命令に基づき毒ガス兵器を中国に遺棄したことがあったことに加え,毒ガス兵器の使用が既に国際法により禁止されていたことから,前判示のように具体的に判明している軍人以外にも,軍上層部からの命令を受け,あるいは独自の判断によりこれを中国に遺棄した日本陸軍関係者がいたことは想像するに難くない。終戦後の昭和27年から中国政府により実施された調査の結果はこれを裏付けるものということができる。
> また,それのみならず,中国に駐屯していた日本陸軍は,終戦に際して武器及び装備の引渡しが命じられていたものの,引揚げ時の混乱から確実に履践することなく,武器及び装備を収納庫等の従前の保管場所にそのまま捨て置いたり,他の場所に放棄したり,あるいは隠匿のために地中や河川等に捨てたりしたことも十分に推測されるのであり,通常兵器である砲弾等のみならず,毒ガス兵器についても,このような方法により遺棄したと推認することができる。
(略)
ところで,前判示の具体的な状況事実及び弁論の全趣旨に照らせば,本件各事件における毒ガス兵器及び砲弾の形状が日本軍が生産した「きい弾」及び「きい剤運搬容器」並びに「迫撃砲弾」にそれぞれ類似していること,本件第1,第2及び第4事件において原告A,原告B,原告D及び原告Eに傷害をもたらしたドラム缶,砲弾及び鉄製缶の内容物の色や臭いが日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液に類似していること,本件第1事件におけるドラム缶及び本件第4事件における鉄製缶が発見されたチチハル市には日本陸軍の中でも毒ガス兵器を取り扱っていた関東軍が駐屯しており,本件第2事件における砲弾が発見された拜泉県龍泉鎮衛生村も同じ黒竜江省にあること,本件第1,第2及び第4事件における各原告の症状が日本軍により生産されたイペリット(きい1号)若しくはルイサイト(きい2号)又は両者の混合液による症状に類似しているとみることができ,かつ,毒ガス兵器については日本軍以外にこれを中国に持ち込んだ国等があることを窺わせる形跡は存しないから,本件各事件は,日本陸軍が生産して中国に持ち込み,終戦前後に遺棄した毒ガス兵器又は砲弾により生起したと認めることができ,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。


と認定しています。

いつもの如くその3へ続く。
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by bosc_1945 | 2005-07-12 01:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 12日
【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」57(その1) 【妄言の女王】
第67回「バカの壁・再」57(その1)
~中国『遺棄』化学兵器問題考~


申し訳ありません、本日は昨日のQUIZの解答発表の予定でしたが、諸事情により変更いたします。
なお、回答につきましては早急に機会を見つけて発表しますので、今暫くお待ち下さい<(_ _)>
ちょっと整理しましょう 2005年07月11日 16時32分03秒 (kimdongsungさん)
(前略)

下記の私の質問に答えてください。何れもきわめて簡単な質問で、イデオロギーもありません。毒ガス兵器に対する態度にも無関係です。

(後略)
■まず最初に言いたいことを言っておきます。
おいこら、kimさんよ。
・・・ふざけんなボケ。


>下記の私の質問に答えてください。何れもきわめて簡単な質問で、イデオロギーもありません。毒ガス兵器に対する態度にも無関係です。

もし相手に質問したいと思ったらまず以下の行為を完全に履行しろ。

ま ず 相 手 の 書 き 込 み を 読 め
そ し て 相 手 の 質 問 に 答 え ろ


相手の質問には答えないけど、俺の質問には絶対答えろじゃ「議論」にならんわ。

と言うことで、当方は彼女が質問に答えるまで回答拒否します、悪しからず。

執拗に請求した結果やっと回答がありましたので掲載しておきます。
まぁ答えるだけ、以前よりはマシになっていますね。
なんだかまたしつこいので 2005年07月12日 11時21分58秒 (kimdongsungさん)
某S氏さん
>Kimさんに問題です。

>中国大陸に存在する化学砲弾を大まかに分類すれば以下の通りになりますが、日本側に処理の義務があるのは次の内どの砲弾でしょう。

>1.日本軍の化学砲弾で日本軍が遺棄したもの。
>2.日本軍の化学砲弾で日本軍が武装解除の際に連合国に引き渡したもの。
>3.日本軍以外の化学砲弾。
-----

私の考えですが1番ということでいいと思います。
2と3については日本が処理する必要は本来ありませんが、サービスとしてついでに処理してあげることを否定するものではありません。

問題は日本製かどうか・遺棄したものかどうかについて、政府やマスコミがどのように認識しているかについてですが、上に紹介した資料などをみてもわかりますが、日本軍が遺棄したものと認識していると思われます。
(そのことが妥当かどうかまでは問題にしていません。あくまでも日本政府やマスコミや裁判所の扱い方について、現状はそうなっていると言いたいのです。)
・・・(゚Д゚ )ハァ?

>私の考えですが1番ということでいいと思います。
>2と3については日本が処理する必要は本来ありませんが、サービスとしてついでに処理してあげることを否定するものではありません。


意味不明です。
答えは1だけど、2も3もサービスで処分しろってアフォですか?
要は日本が国民の血税を使って責任外のものまで全部処理しろと言う事ですか。

で、

>私の考えですが1番ということでいいと思います。

と言うことは

>私は、残存する毒ガス兵器を日本が責任を持って処理するのは、倫理的にきわめて当然のことと思います。

と言う一番最初の意見と見事に反しますが?
低能な貴様には自分の発言の意味が理解できていないかも知れませんが「すべて日本政府が責任を持って処理べきだ=すべて遺棄化学兵器である」と言うことですよ?


>問題は日本製かどうか・遺棄したものかどうかについて、政府やマスコミがどのように認識しているかについてですが、上に紹介した資料などをみてもわかりますが、日本軍が遺棄したものと認識していると思われます。
(そのことが妥当かどうかまでは問題にしていません。あくまでも日本政府やマスコミや裁判所の扱い方について、現状はそうなっていると言いたいのです。)


その「日本軍が遺棄したものと認識しているという事実認識」がすでに間違っていると指摘されているのに気付かないのは、やはり低能だからですか?
Re:記憶力疑うね。(07/04) 2005年07月12日 11時54分06秒 (kimdongsungさん)
某S氏さん
(前略)

>昭和20年(1945年)8月の終戦に際し,同月14日に受諾した
>ポツダム宣言において,日本軍は武装を解除した後に復帰すべきもの
>とされていたところ,これを受けて各地に駐屯ないし派遣されている
>日本軍に対し,直ちに戦闘を停止し,武装を解除し,武器及び装備を
>現状のまま引き渡すべきことが命じられた。

ここのどこにそれが書いてありますか?
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/dokugasuhannketuyousi.htm


>要は日本が国民の血税を使って責任外のものまで全部処理しろと言うことだな?

いいえ、そこまで強要はできません。ただ、戦後補償の一貫としてサービスしますよと言うなら、ダメという理由はないでしょう。

(後略)
■もうつくづくアホですね。

>いいえ、そこまで強要はできません。ただ、戦後補償の一貫としてサービスしますよと言うなら、ダメという理由はないでしょう。

戦後補償は日中国交正常化の際に相手側から放棄済み
また戦後補償としてどれだけのODAを払ってきたか。
それに加えてまだ払えと?


>ここのどこにそれが書いてありますか?
>http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/dokugasuhannketuyousi.htm


つくづくアホですね。
それは判決原文か?
それは「判決要旨」だ。

>ようし【要旨】
>主な内容。述べようとする内容の主要な点を短くまとめたもの。

(goo 辞書)

貴女には「要旨があったら原文を探す」と言う行動はインプットされてないのかも知れませんが。

H15. 5.15 東京地方裁判所 平成 9年(ワ)第22021号 損害賠償請求

根気よく-と言うほどの苦労もしませんが-探せばあります。

ちなみに、ここに書いてあることがその2以降とかぶっているのはさきにそっちを書いて回答を待っていたからです。
繰り返しになっていて読みにくいかも知れませんが、ご了承下さい。
その2へ続く。
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by bosc_1945 | 2005-07-12 00:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 09日
【サマーワ情勢】 テロ攻撃は「犯罪」が9割 【イラク派遣】
陸自攻撃に批判9割 サマワ地元紙調査 7月7日19時0分更新 (共同通信)
 【サマワ7日共同】陸上自衛隊が駐留するイラク南部サマワの有力紙アッサマワが6日付で掲載した住民アンケートで、陸自部隊への攻撃について回答者の9割が「犯罪行為」として批判的な意見を持っていることが分かった。陸自の活動継続を希望する回答も9割近くを占めた。
 サマワでは6月23日、宿営地外を通行中の車列近くで爆発事件があったほか、7月4日夜には宿営地への砲撃も起きたが、攻撃を支持する意見は少数にとどまった。
 陸自への攻撃をどう考えるかとの問いに「犯罪行為」と答えたのは91%、「抵抗運動」は7%。残る2%は「分からない」と答えた。
■昨年4月にアッサマワが行った世論調査では陸自活動は無益と考えている人が51%を占めていたそうですから、約一年で随分認識されるようになったようです。

しかしまぁこう言うことは見事なほど報道されませんね。
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by bosc_1945 | 2005-07-09 00:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 08日
【リュック】 第68回「バカの壁・再」56(その3) 【アルベド】
第68回「バカの壁・再」56(その3)
~国家機密と公刊情報~


具合悪い・・・・ 2005.07.09 06:19:56 (リュック・アルベド)
あ~~~~、もう変な人達のお陰で具合悪い。。
しつこいんだもん。。

文章削除しました。
また、気に触ったらしく、しつこく書き込みされたので、関わりたくないので消しました。
向こうでは、コピーされて、喜ばれているようなので、削除しても問題ないでしょう。

疲れた・・・・

あまりの疲労困憊に家族も相手にするなとの事。
してるつもり無いのだけれど・・・

■おやおや

>文章削除しました。
>また、気に触ったらしく、しつこく書き込みされたので、関わりたくないので消しました。
>向こうでは、コピーされて、喜ばれているようなので、削除しても問題ないでしょう。


あれほど威勢がよかったのに僅か4時間で撤回して改変ですか。
まぁ貴方が私の排除と訴訟をちらつかせて脅迫した証拠はとってありますので今更削除しても無駄ですが。
あと一つ指摘しておきますが

>向こうでは、コピーされて、喜ばれているようなので

喜ばれているのではなくて笑われているんです。


>あまりの疲労困憊に家族も相手にするなとの事。
>してるつもり無いのだけれど・・・


日記に

>入院したら、精神的苦痛からきたものだから、慰謝料請求できそうね。
>特に私は、国から保護、保護認定受けてるから、苦痛を与える人は、引き離すよう対処してくれるの。今回もそうしてもらおう。
>病院行けば聞かれるから・・言っちゃおう。
>幾らかは取れると思うし・・でも大事にしたくもないし・・幼馴染の弁護士に一応言ってみるだけ言ってみるぽwww


と訳の分からない論理で私の排除と訴訟までちらつかせて「もう書くな」と脅迫しておいて、何が「(相手に)してるつもり無い」ですか。
言ってることとやってることが180度違います。

で、できもしないことを軽々しく言うんじゃねえボケ!

ちょっと言葉はキツいかもしれませんが、それが社会の常識です。

追記

TOPより(リュック・アルベド)
「みなさんへ、
担当医の自宅に連絡を
取ったところ、
入院するように
という指示ですので、
本日から暫く
入院致します。
また何か言われそうなので
言っておきますが、
容態がいつ変化するか
分らないので、
医師から
自宅連絡先を
知らされております。
これ以上の
精神的苦痛に耐えられません。
その後は
医師とも相談し決めます。

とりあえず、
書き込みは
全面拒否にして参りますので、
遊びに来てくださっている方々
ごめんね。
日記も悪用されていますので
削除しました。

ごめんね。」
■とうとう改変では飽きたらず日記自体をなかったことにしたようです。
過去日記も「悪用されている」と一切合切削除した模様です。
また、彼女の要請があったかどうかは分かりませんが発端となった日記も削除されている模様です。

無かったことにしたいのかも知れませんが一応念の為に言っておきます。
発端となった日記、すでに削除されている私の最初の書き込みと某管理人のやり取り、彼女の最初の脅迫日記も念の為にとログを保管してあるので、相手の出方によっては一切を公開することをここに書き記しておきます。

繰り返しハッキリ言っておきますができもしないことを軽々しく言うんじゃねえボケ!と言うことだけは覚えておいてください。
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by bosc_1945 | 2005-07-08 02:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 08日
【リュック】 第68回「バカの壁・再」56(その2) 【アルベド】
第68回「バカの壁・再」56(その2)
~国家機密と公刊情報~


その1から続き。

と言うことで、臨界量もろくに知らない元、動燃、三菱原子力にて原子力発電所開発チームとして仕事をしていてそこで培った知識もある人ですが、懲りずにこんな言い訳をしてきました。
リンク 2005.07.08 14:26:15 (リュック・アルベドさん)
リンクフリーじゃないんですよ。
外して頂けません?
私のこと、お嫌いでしょうし、バカにされているのですから、リンクの意味はないと思います。
一番頭のいい方達で、論議を交わしていてください。私は、関係ないタイプだと思いますので。。
リンクは、外しておいてください。

一つだけ最後に言っておきますね。
1KGが気にかかっていらっしゃるようで。。
大人の世界では、企業、国家の仕事において、言えること言えない事が生じます。
また、反論とくるでしょうが、好きにしてください。私は一切関わるつもりはありません。
それはど、暇ではありませんので。。

日記に移転するなり、どうぞ。。。
■もうアボガドバナナかと。

先般返信で質問した事項には一切答えていませんね。

>原爆は濃縮ウランたった1KGよ?

と言う自分の発言のソースも答えていません。
まぁ答えられないと言うことでしょう。
で、

>リンクフリーじゃないんですよ。
>外して頂けません?
>私のこと、お嫌いでしょうし、バカにされているのですから、リンクの意味はないと思います。
>一番頭のいい方達で、論議を交わしていてください。私は、関係ないタイプだと思いますので。。
>リンクは、外しておいてください。


・・・( ゚Д゚)ポカーン

まだこう言うアホなことを言う人がいるんですねぇ。
まぁとりあえずは『「無断リンク禁止/直リンク禁止」命令に関する想定問答集』でも熟読すべきだと思いますが、自分で作ったローカルルールを他人に押しつけるのやめてくださいと言っておきましょうか。
一応「無断リンク禁止/直リンク禁止」命令に関する想定問答集の「初めに」より引用します。

> さて、ここで考えてみましょう。何故、多くの人々は管理人の「無断リンク禁止/直リンク禁止」といった命令を無視し、そのようなリンクを行うのでしょうか?
> 理由は簡単です。WWWは自由なリンクによって効率的に情報を共有することを目的として作られた道具であり、そこで公開しておきながら「リンクするな」と言われても多くの人は「何言ってるの?」「え、何で?」程度にしか思わないのです。
> 無論、無断リンクや直リンクをしないで欲しい理由が妥当と思ったのなら、相手はリンクしないでしょう。ここで重要なのは、「自分のサイトに無断リンクや直リンクをしないで欲しい管理人には、何故しないで欲しいのかを相手に説明し、納得してもらう必要がある」ということです。
> もしも意に添わないリンクをされてしまったのなら、それは基本的にはリンクされた側が相手を説得することに失敗しただけであり、リンクする側の問題ではありません。当然リンクした側をそれで非難することはできませんし、ましてや「分かってくれなかった、何てひどい人だ!」などというのは問題外です。

> 私は別に、何も考えずにどんどんリンクすべきだ、他人のリンクの仕方に注文をつけるなんて許されないことだ、等と言う気はありません。リンクの仕方について要望を述べるのは無論自由ですし、その要望に従うことが妥当と思える場合もあります。
> ただ、無断リンクや直リンクを嫌がる管理人は、そういったリンクの仕方が否定できないものであることを認識し、それでもそういったリンクが嫌ならそのことを相手に理解してもらうよう努力する必要があるのではないでしょうか。相手に理解してもらう努力もCGIなどでアクセスを制限する努力もせずに威圧的な命令をする姿勢には、問題があると言わざるを得ません。

(「無断リンク禁止/直リンク禁止」命令に関する想定問答集より)

で、もう削除されてなくなっていますが貴方のお友達は私にこう言いましたよ?

>人それぞれ、いろんな考え方で活きています。だから、それは間違いだとか、暴論だとか、自分の物差しだけで量らないでください。
(原文ママ)


>一つだけ最後に言っておきますね。
>1KGが気にかかっていらっしゃるようで。。
>大人の世界では、企業、国家の仕事において、言えること言えない事が生じます。


貴方はすでに「濃縮ウラン1kgで原爆ができる」と言っていますが何か?

で、名付けると「原爆が1kgの濃縮ウランで作れるのは国家機密だよ説」になるかと思いますが、まさかこんな斜め上の返事が返ってくるとは思いませんでした。

種を明かせば

>広島原爆は51.55 kg のU-235 搭載(U-235 平均濃縮率 80.4 %)のウラン原爆でありそのうち、核分裂に使われたU-235 は1kg 程度に過ぎない。
(広島原爆黒い雨の中のU-235/U-238 比(PDF文書)・P164-165より・赤字は某S氏による)

>広島原爆は濃縮したウラン235(U-235)を使用した唯一の爆弾であった。使われたウランは約51kg であり、そのうち核分裂を起こしたのは1kg程度で残り約50kg は爆弾のケース、核分裂片とともにガス化し、原子雲に含まれて飛散したと考えられている。
(「黒い雨」にともなう積算線量(PDF文書)・P160より・赤字は某S氏による)

「濃縮ウラン1kg」とは広島型原爆に搭載された50~60kgの濃縮ウランのうち実際にエネルギーを放出したと推定される量です。
つまり彼女の記述は

>原爆(で実際に放出されたエネルギー)は(搭載された50~60kgの)濃縮ウラン(の内の)たった1KGよ?

と読解すれば正解なのです。
しかしここまで補足すると原型がないと言うわけで、元々の文章が間違っていると判断するのが普通でしょうか。
まぁ本音を言えば元々の文章が元、動燃、三菱原子力にて原子力発電所開発チームとして仕事をしていてそこで培った知識もある人の書いた記述とは思えないほど無様です。


>また、反論とくるでしょうが、好きにしてください。私は一切関わるつもりはありません。
>それはど、暇ではありませんので。。


暇ではないわりには随分頻繁に訪問してますね?
まぁ要は反論できませんから逃げますって事でしょうが。


>日記に移転するなり、どうぞ。。。

この一言で貴方の書き込みの全文転載を許可したと看做します。
では、お言葉通り自由にやらせていただきましょう。

で、やられたからやり返すですか?
【楽天広場】「徒然日記「多事某論」」が日記リンクに登録されました(2005/07/08 14:57:15)
某S氏様 (****@*****.****.**)

----------------------------------------------------------------
 徒然日記「多事某論」 楽天支部 - 現在のアクセス数 453670アクセス!
 http://plaza.rakuten.co.jp/bosc1945/
----------------------------------------------------------------

某S氏さんの「徒然日記「多事某論」」が、
リュック・アルベドさんに日記リンク登録されました。

おめでとうございます!

(後略)
■他人には「無断リンク禁止」と言っておいて自分は無断リンクですか?
せめて自分の言ったことぐらい自分で守ったらどうですか。

で追いつめられたらこうですよ。
具合悪い・・・・ 2005.07.09 02:29:03 (リュック・アルベド)
あ~~~~、もう変な人達のお陰で具合悪い。。
しつこいんだもん。。
入院したら、精神的苦痛からきたものだから、慰謝料請求できそうね。
特に私は、国から保護、保護認定受けてるから、苦痛を与える人は、引き離すよう対処してくれるの。今回もそうしてもらおう。
病院行けば聞かれるから・・言っちゃおう。
幾らかは取れると思うし・・でも大事にしたくもないし・・幼馴染の弁護士に一応言ってみるだけ言ってみるぽwww
全文コピーしてあるし・・
これ以上書かないでね。

(後略)
■これは脅迫ですか?

>入院したら、精神的苦痛からきたものだから、慰謝料請求できそうね。
>特に私は、国から保護、保護認定受けてるから、苦痛を与える人は、引き離すよう対処してくれるの。今回もそうしてもらおう。
>病院行けば聞かれるから・・言っちゃおう。


www

ほ、保護認定w
苦痛を与える人は、引き離すよう対処してくれるってw

全く意味不明です。
国が保護認定してくれてて、苦痛を与える人は国が引き離すってw

しかも、元、動燃、三菱原子力にて原子力発電所開発チームとして仕事をしていてそこで培った知識もある保護認定者って何なんでしょうか?

あーおもしろいw
ますます興味が湧いてきました、彼女が自分の発言通り裁判でも起こしてくれれば労せずそこら辺の事情も分かるんでしょうがね。


幾らかは取れると思うし・・でも大事にしたくもないし・・幼馴染の弁護士に一応言ってみるだけ言ってみるぽwww

まぁ多分知らないと思いますが、訴訟をちらつかせて相手に自分の意図を飲み込ませようとする時点で脅迫罪ってのは成立してますよ?


これ以上書かないでね。

ハッキリ言っておきますがです。
貴方の幼稚な脅しには屈しません。
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by bosc_1945 | 2005-07-08 01:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 08日
【リュック】 第68回「バカの壁・再」56(その1) 【アルベド】
第68回「バカの壁・再」56(その1)
~国家機密と公刊情報~


発端はこの書き込みでした。
Re:真実はどこに・・・~さくら~(07/07) 2005年07月07日 06時26分34秒 (リュック・アルベドさん)
(前略)

日本は唯一米国から原爆を落とされた被爆国。
自覚持つべし。
原爆は濃縮ウランたった1KGよ?
たった、砂糖一袋分よ?

それで、こんなに苦しめられた。。

(略)

米国体質は戦後これだけたっても変わらない。
上から見下す国。
イラクから、核兵器は出なかった。石油をわが国の物とする為に、全世界に力を示す為にまたもや一国を潰した。。。
ツインタワーは、自作自演。ブッシュは知っていたからこそ、フロリダにいた。
ペンタゴンは、飛行機の墜落は無い。
内部爆破。

米国の真実とはそんなものよ。
■で、現在は消去されていますが、こう反論しました。
Re[1]:真実はどこに・・・~さくら~(07/07) 2005年07月08日 00時11分16秒 (某S氏さん)
リュック・アルベドさん
>原爆は濃縮ウランたった1KGよ?
-----
んなこたーない。

広島型爆弾では約90%に濃縮された約60kgのU-235が使われたと言われていますが。
■で、

>イラクから、核兵器は出なかった。
>ツインタワーは、自作自演。
>ペンタゴンは、飛行機の墜落は無い。
>内部爆破。


にも懇切丁寧に反論したんですが今回はその部分は省略。
管理人の「俺の大切な友達に礼儀が足らんのじゃぁ!」などという紆余曲折あった後、こう言う答えが返ってきました。
何故、それほど言いたいのなら、私に言わないのですか? 2005.07.08 05:35:25 (リュック・アルベドさん)
ウランについてですが、貴方はどこでその事実を知ったのでしょうか?
私は、元、動燃、三菱原子力にて仕事をしていた者です。
そこで、培った知識もあります。
原子力発電所開発チームとして。。

それで・・何か?
貴方に不都合でも御座いますでしょうか?
間違いを指摘?関連の仕事もしたことも無いのなら、知ったかぶりはおよしなさい。
必要以上にLuckyさんに不快な思いをさせ、このように、また貴方のプログに記載して。
ご自分の利口さをアピールしたいのでしょうか?
世の中には、貴方より、常識的かつ、賢い人はいるものです。
原子力の専門家でもない貴方と議論するつもりは一切ございません。
私がどのような教育を受けてきていようが、見解を持とうが、貴方にとやかく言われる筋合いは一切無い。しかも、Luckyさんのところで荒らしまくるような、鼻っ柱だけのクダラナイ人間との会話は、私とは成立しえないと、お考え下さい。
以上、反論は許さない。
ここ、貴方のところのみで、この文章につき、述べたければ述べていなさい。
子供相手をするきはない。
宜しいですね?
まだ、大学、大学院生とのこと。
倍以上の歳の人間に対して、言葉を慎みなさい。
■最初にタイトルですが

>何故、それほど言いたいのなら、私に言わないのですか?

だから貴方宛のコメント形式にしていますが?
貴方に宛てたコメントでも他人のブログなら貴方宛ではないとでも?
とりあえず、コメントのタイトルからツッコミが入るのは初めてですw


>ウランについてですが、貴方はどこでその事実を知ったのでしょうか?

調べれば分かることです。

>・広島型原爆
> 原爆は重量が大きいと運搬する方法が無くなる。天然のウランにはU-238が多量に含まれていて、このままでは爆弾にならない。濃縮には時間と費用がかかるので、適切な濃縮度を決めねばならなかった。 図3 に濃縮度と臨界質量(ウラン金属)の関係を示す。濃縮度が80%以下では100kgを超えてしまう。広島型爆弾では約60kgのU-235が使われたといわれる。またその濃縮度は約90%であったといわれる。

(原子爆弾と水素爆弾はどう違いますか。 (15-15-01-03)より)

とまぁ、極秘でも何でもない公刊資料に書いてありますね。
ソース元は「原子力百科事典 ATOMICA」です。
貴方が原子力関係者ならよく御存知と思いますが。

で、

>原爆は濃縮ウランたった1KGよ?

と言う記述を素直に読めば

>原爆は濃縮ウランたった1KG(で作ることができるの)よ?

となるかと思いますが

>★ウランとプルトニウムの臨界量
> ところで核爆弾を理解するために、核爆弾に用いるウラン235、プルトニウム239の臨界量について考えてみましょう。
>臨界量とは、一定量以上のウラン235やプルトニウム239を集めると、自発的に核分裂連鎖反応=核爆発する量です。現在明らかになっている量は、ウラン235を46.5キロ、プルトニウム239を10.1キロ集めると自発的に核爆発します。
> しかし爆弾の場合、金属ウラニウムをタンパー(濃縮しないウランなどを材料に、核分裂によって塊が急膨張するのを防ぎ、中性子反射体にもなる=図参照)で覆うと、100%濃縮されたウラン235の臨界質量は15キロ、プルトニウム239の場合は臨界質量5キロとなります。つまりそれだけの量があれば核爆弾の製造は可能と言うことです。これは1943年のマンハッタン・プロジェクト(米国の核兵器製造計画)に参加したロバート・サーバーによって明らかにされています。

(ウラン核爆弾とプルトニウム核爆弾より)

と、理論上は最低15kgのウラン235があれば広島型原爆が作れると言うことです。
最新の技術ではどうかというと

>★現在の技術ではどれくらいの核物質が必要か
> ところでインプロージョン式で、最新の技術を使って、どれくらいのウランやプルトニウムがあれば核爆弾が作れるのでしょう。
94年8月に米・自然資源防衛評議会(NRDC)は、IAEAが核物質管理の基準にしている量をプルトニウムの場合、8キロから1キロに、高濃縮ウランを25キロから3キロに減らすことを求める書簡をIAEAと米エネルギー省に送ったと発表しました。
報道では核兵器専門家トーマス・コクラン博士らが、最新の技術を検討、核爆弾製造可能量を計算し直した結果、プルトニウム1キロで核爆弾製造が可能。多くの国が持つ中程度の技術でも、1.5キロで核爆弾が製造できることが明らかになったとのことです。高濃縮ウランも3キロで核爆弾が製造できるとの計算です。
しかしプルトニウム核爆弾について日本の原子炉物理学者は、2キロぐらいが限界ではないかと見ています。

(ウラン核爆弾とプルトニウム核爆弾より)

と、広島型で使われた砲身型ではなく爆縮型であれば
・プルトニュウム1.5~1kg
・濃縮ウラン3~2kg

と言う報告書が出たそうです。

最新の技術でも1kgの濃縮ウランでは原爆を製作するのは不可能のようですね。


>私は、元、動燃、三菱原子力にて仕事をしていた者です。
>そこで、培った知識もあります。
>原子力発電所開発チームとして。。
>それで・・何か?
>貴方に不都合でも御座いますでしょうか?
>間違いを指摘?関連の仕事もしたことも無いのなら、知ったかぶりはおよしなさい。


では、貴方が

>原爆は濃縮ウランたった1KGよ?

と主張している根拠を提示してください。
私が

>広島型爆弾では約90%に濃縮された約60kgのU-235が使われたと言われていますが。

と書いた根拠は先程提示しましたから。

無論

>私は、元、動燃、三菱原子力にて仕事をしていた者です。
>そこで、培った知識もあります。
>原子力発電所開発チームとして。。

>間違いを指摘?関連の仕事もしたことも無いのなら、知ったかぶりはおよしなさい。


というのですから根拠あってのことですよね。


>必要以上にLuckyさんに不快な思いをさせ、このように、また貴方のプログに記載して。
>ご自分の利口さをアピールしたいのでしょうか?


いいえ、削除されたときのための「退避」です。
自分に都合の悪い書き込みはとっとと削除するやからが多いんですよ。
ま、それに対する防衛手段です。


>世の中には、貴方より、常識的かつ、賢い人はいるものです。

そっくりそのままお返しします。
世の中には、貴方より、常識的かつ、賢い人はいるものです。


>原子力の専門家でもない貴方と議論するつもりは一切ございません。
>私がどのような教育を受けてきていようが、見解を持とうが、貴方にとやかく言われる筋合いは一切無い。


専門家は専門家以外とは話し合わないですとw
貴方の受けてきた教育や、貴方の持つ見解を指摘しているのではなく私が指摘しているのは事実関係の相違ですよ?


>しかも、Luckyさんのところで荒らしまくるような、鼻っ柱だけのクダラナイ人間との会話は、私とは成立しえないと、お考え下さい。
>以上、反論は許さない。
>ここ、貴方のところのみで、この文章につき、述べたければ述べていなさい。
>子供相手をするきはない。
>宜しいですね?


まさに貴方の文章そのものが「鼻っ柱だけのクダラナイ人間」の見本ですが?
しかも

>以上、反論は許さない。
>ここ、貴方のところのみで、この文章につき、述べたければ述べていなさい。


ってあんた何様?


>まだ、大学、大学院生とのこと。
>倍以上の歳の人間に対して、言葉を慎みなさい。


はいはい。
私以下でも尊敬に値する人はごまんと見てきています、そして私の倍以上でも尊敬に値しない人間をごまんと見てきています。
貴方もその一人に入りそうですね。

大体年齢を笠に着て居丈高になる人間にロクなのはいません。
もう、私の倍以上生きているとのこと。
半分以下の歳の人間に対して、言葉を選びなさい。
年相応の態度を心がければ、年齢というのは自然について来るものです。

その2へ続く
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by bosc_1945 | 2005-07-08 00:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 07日
【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」55(その6) 【妄言の女王】
第67回「バカの壁・再」55(その6)
~中国『遺棄』化学兵器問題考~


その5から続きです。

総体的に見て8月9日前後の日本政府・陸海軍統帥部はポツダム宣言受諾問題に忙殺されており、加えてソ連参戦は想定外の突然のことでもありその対応までは手が廻らない状況であった。
とはいえ全面侵攻を行っているソ連に対し防衛作戦は行わねばならず、大本営は8月10日付「対ソ全面作戦の開始」の大陸命を下達した。
この内容は「皇土朝鮮の保衛」であり、関東軍の任務は満州防衛ではなく満州放棄であった。

しかし、関東軍の決意は「敵侵入企図の破砕」であり、成否は問わず断固として敵に立ち向かうことを明示した。
しかし大本営命令に従ってかねての計画通り関東軍総司令部は新京から満鮮国境付近の通化に移動、満州国皇帝溥儀以下も大栗子に遷都した。

その他虎頭要塞や東寧の勝鬨陣地など全滅を賭して勇戦敢闘した部隊もありますが字数の関係で割愛します。

とまぁ精強関東軍の将兵は貧弱な装備に足りない弾薬、もう書くのも嫌になるほどの練度で優秀な装備に豊富な弾薬、独ソ戦を制して練度十分のソ連兵に対してそれはもうなんつーか涙ぐましくなるような善戦っぷりを見せたと言うことだけは是非書き記しておきたいのです。

また関東軍について回るある神話についても言及しておきます。
その神話とは「関東軍は邦人を見棄てて逃げた」「関東軍と満鉄は自分の家族を先に逃がした」と言うものですね。

まず第一点には「視点の違い」があげられます。
当時の満州には連日連夜どこかの都市が灰燼に帰していた本土と違い空襲が殆どなく、僅かに中国大陸から飛来したB-29が昭和19年7月29日鞍山に約20機、9月8日鞍山・本渓湖に約100機、9月26日鞍山・大連・本渓湖に約90機が襲来した程度でした。
余談ながら、この空襲にビビったのか重要機関や軍需工場をソ連に近い北方へ移そうとしていたという事実もあるようです。

無論満州の一番の脅威はソ連ですが、その脅威からは精強百万関東軍が守ってくれる-しかし関東軍の実態は先程述べたとおり-と思っていました。
と言うことで、「本土より『王道楽土』満州の方が安全だ」と言う空気すらあったようです。

そして満州に住む邦人はその地で生計を立てていますし、今まで築いた財産もあるはずですから、突然ソ連が参戦したからといって生計も財産も全て捨てて着の身着のままに持てるだけの荷物を持って逃げる為に集合しなさいと言われてもいまいちピンと来なかったのではないのでしょうか。

しかし、明確な上下関係があり命令に従うことが職業である軍人・軍属は「集まれ」と言われたら「集まる」のが仕事ですから、その家族も警急参集は容易であったでしょう。
また軍人・軍属の家族は満州に土着した邦人と違い身軽であった事もあげられます。

関東軍は9日にソ連侵攻を知ると即座に満鉄に命令して臨時ダイヤの避難列車を仕立て、避難序列は「民→官→軍」であったそうです。
しかし、前述のように満州は安全と考えられていたことや生活基盤や財産を有する為に邦人は集まりません。
そうしている間も関東軍将兵らの絶望的な勇戦敢闘は続きソ連軍は着々と迫ってくるわけで、臨時ダイヤの避難列車を空のまま発車させる事はできず、ダイヤの都合上遅らせるわけにもいかない。
そうした一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、緊急参集が容易な軍人・軍属と満鉄職員の家族を主体に一番列車に乗せ、新京の場合は11日1340に平壌に向けて出発したが、その後待ち受けていたのは苦難な平壌での生活であった、多くの家族が結局飢えや病気で亡くなった。

しかし、満州で塗炭の苦しみを味わった方々から見れば「関東軍は軍人家族を最初に後退させた」と映る。
ここで蛇足ながら一言付け加えておけば、邦人の中でも機を見るのに敏な人はちゃんと逃げているそうだし、前述のように第一便で着の身着のままの状態で避難した方々の中には、着の身着のまま故に病気や飢えで亡くなった方が多かったそうで、むしろ第二便以降に出発した方々の方が生還率は高かったと言われているそうです。

が、それらを考慮してもこの説には異を唱える向きも多い。
特に半藤一利氏は「ソ連が満州に侵攻した夏」でこう書いている。
「ソ連が満州に侵攻した夏」 半藤一利著・文集文庫 (P230-232)
 この新京の居留民の避難輸送にかんして、消し去ることのできない歴史的汚点を残したことはよく知られている。その経緯をていねいに書くには膨大な紙数を要するから、要点だけにとどめるが、軍官の要人会議できめられたはじめの輸送序列は、たしかに民・官・軍の家族の順であったようである。そして第一列車はその日(某S氏注・戦闘2日目の8月10日)の午後六時出発ときめられている。
 実は、そこに問題が残った。会議決定は正午少し前であり、そのことが新京にいる邦人の一軒一軒に知らされるためには多くの時間がかかる。それとこのときになっても新京を離れたがらぬ人も多かったであろうし、また避難準備が手早くゆかない人もあったであろう。そこで、軍人の家族は緊急行動になれているし、警急集合が容易であるから、これをさきに動かして誘い水としようとした。軍の責任者はのちになってそう弁解する。
 ところが、事実は、第一列車が小雨降るなかを出発したのは遅れに遅れて十一日の午前一時四十分なのである。避難民集合の不手際のためではなくて、列車編成と輸送ダイヤを組むのに時間がかかったからである。
 (略)
ダイヤの組み直しに時間がかかったのもやむをえない。そうであるから、時間はたっぷりとあった。一般市民に決定をくまなく行き渡らせることもできたのではないか。
 さらにいえば、軍人家族には、午後五時に忠霊塔広場に集合、の非常指示が早く伝えられている。これは当初予定の第一列車出発のわずか一時間前。輸送順序で軍人家族が最後であるというのなら、動かない市民を動かすための誘い水としても、あまりにも早すぎる呼集ではあるまいか。

 そして会議で決まった避難順序がいつの間にか逆になるにつれて、今度は軍人家族の集結・出発を守る形で、ところどころに憲兵が立った。自分らも、と駅に集まった市民は、なぜか憲兵に追い払われるようになった。
 こうして十一日の正午ごろまでに十八列車が新京駅を離れた。避難できたものは新京在住約十四万のうち約三万八千人。内訳は軍関係家族が二万三百十余人、大使館などの官の関係家族七百五十人、満鉄関係家族一万六千七百人。ほとんどないにひとしい残余が一般市民である。
 (略)
 こうした軍部とその家族、満鉄社員とその家族が、特権を利し列車を私した、と言う非難と責任追及の声は現在でも大きく叫ばれている。たいして少しは理のある弁明や言い訳もないではないが、およそ耳をかす人はなく、通用しないといっていい。悲劇の体験記のほとんどすべてにおいて、その事実が告発されている。
 (略)
書いているとその卑劣さに反吐がでそうになってくる。
 幸いに列車で新京をあとに国境を越えることができた人たちのその後に待ち受けていたのは、苦難な平壌での生活で、多くの家族が結局は飢えや病気や伝染病で死んだ。しかし、そんな不幸をのちに知ることがあっても、しばらくは誰も信じようとはしなかった。
(赤字は某S氏による)
■関東軍将兵の肉弾に次ぐ肉弾による絶望的・悲壮的な勇戦敢闘には素直に頭を垂れなければならないのである。
しかし、関東軍上層部の「無覚悟・不決断・無責任」-例えば元関東軍参謀瀬島隆三の関東軍総司令部通化撤退に対する綺麗事-にはどれほどの言葉を費やしても、筆舌を尽くしても、罵り足りないのである。

一体何が、一体どれが真実なのであろうか?
恐らくは、何もが、どれもがその人にとっての真実なのである。

まだこれらのことを「歴史」とするには時間が足りないように思えてならないのである。

時が、熱狂と偏見をやわらげた暁には、
また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、
その時こそ、正義の女神は秤の平衡を保ちながら、
過去の賞罰の多くに、その所を変えることを要求するであろう。


ラダ・ビノード・パル


書きかけ。
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by bosc_1945 | 2005-07-07 01:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 07月 07日
【kimdongsung】 第67回「バカの壁・再」55(その5) 【妄言の女王】
Re[4]:あほくさ。(07/04) 2005年07月06日 23時14分57秒 (kimdongsungさん)
条約解釈や「接収・引渡し」をくどくど書いていただいても、申し訳ないとは思いますが、
左脳にも右脳にも響いてこないのです。

「化学兵器を引き渡したとする直接的で具体的な証拠」という個別的、特殊的、
地域的な事項が「ポツダム宣言受諾」と言う包括的、一般的な条約に集約できるのであれば、国民党だ共産党だという必要も、ロシア製だ中国製だという必要もありません。西村某が「台湾に引渡しリストがあった。きっと大陸にもあったに違いない。」などと無理過ぎる言い訳を労する必要もありません。必要でないことは持ち出さないようにしましょう。こんがらがりますから。
それから「「遺棄」か「引渡し」か」さえ超越するんですよね。だから実際に元日本兵が遺棄していたとしても(仮定で良いんですよ)、これは「引渡し」と看做される事になるってことなんですよね。
■とうとう全文ツッコミできるといういいわけをするに至りましたねw
真っ赤かですw

>条約解釈や「接収・引渡し」をくどくど書いていただいても、申し訳ないとは思いますが、
>左脳にも右脳にも響いてこないのです。


>左脳にも右脳にも響いてこない

・・・(○口○*)


ウェーハッハッハッハw

で、理解したくないからでしょ?
ポツダム宣言に日本軍の完全なる武装解除と書いてある以上は「全て日本軍は武装解除された」と解釈する方が合理的でしょう。
台湾では武装解除の際に毒ガス弾も引き渡され、書類に残っていると書きましたが、どうして中国でだけ「遺棄された」と考える方が合理的なんでしょうか?

手元に資料がないので詳しいことは分かりませんが非常に大雑把な推計で武装解除時の支那派遣軍と関東軍は重砲約1000門、連隊砲や大隊砲などの歩兵砲も含めるとその倍ほどの2000門を装備していたと思われます。

内訳としては

支那派遣軍隷下
>昭和19年12月 支那大陸には27個師団、34個旅団、計100万の大軍を擁し、
>その大半は大陸の奥深くに展開していた。

(戦史 一号作戦/老河口・蕋江作戦3より)

関東軍隷下
>24個師団、2個戦車旅団、1個旅団、9個独立混成旅団、1個国境守備隊-虎頭要塞の第15国境守備隊-等を基幹とする
>兵員約75万、火砲約1000門、戦車約200両、飛行機200機程度。

(戦史 終戦時の対ソ戦1より)

となりますが実質的には実質8個師団程度の戦力とされています。
関東軍に至っては昭和19年2月から師団などの戦闘力抽出が続き、昭和20年3月末までに最後の在来師団全部と新設師団3個師団、軍直轄部隊多数が本土防衛に抽出されると関東軍兵力は過去最低に落ち込み「精強百万関東軍」は過去の栄光となっていました。

どうでもよい方向に話は進みますが抽出の一例としては

昭和19年10月第23師団→ルソン
    12月第12師団→台湾
昭和20年 1月第71師団→台湾
     3月第11師団→四国
      第25,57師団→九州
      戦車第1師団→本土
      第111,112師団→南朝鮮

とまぁ無惨にも引き抜かれております。
誠に余談ながら、この本土決戦のために抽出された戦車第1師団戦車第1連隊第5中隊第3小隊には小隊長として福田定一少尉が配属されていましたが、この抽出によって内地に帰るという幸運に期せずして浴することができ、我が国は一時代を築いた稀代の文筆家を一人失わずに済んだのであった。

穴埋めの為に20年初頭から動員をはじめ、5月には中国戦線より北支方面軍と5個師団-支那派遣軍から第39・第59・第63・第117師団、第17方面軍から第79師団-が編入、更に在郷軍人25万人を動員した。
しかし、比較的早い時期に編成された第39師団や留守師団-常備師団の編成地に残される予備師団-から編成された第79師団はともかく、昭和17年に編成された第59師団や独立混成旅団から改編された第63師団や独立歩兵旅団から改編された第117師団は師団砲兵がなく全般に装備が貧弱で,関特演時の1/2~1/3程度の火力しかなかったとのこと。
余談ですが概ね昭和17年以降に編成された師団-この表の大東亜戦争期以降の師団-や師団番号が100番台の師団-100番台極前半の留守師団から編成された最初の師団は例外-には師団砲兵たる砲兵連隊がありません。
・・・が、後述するように100番台だからと言って弱いわけではない。

特に昭和20年7月以降に行われた根こそぎ動員による新設兵団-8個師団、7個混成旅団、1個戦車旅団-は、対ソ開戦直前に編成概了したばかりで、兵員の多くは部隊到着途上、師団外形のみ存在し戦力は物心両面ともに極めて貧弱な状態であった。

・・・誰か研究して日本版「ラスト・オブ・カンプグルッペ」書いてくれねぇかなぁ。
でも本家と違って読んでて鬱になるだけか・・・orz

冗談はさておき例えば昭和18年~19年に編成され、第44軍-旧関東防衛軍-麾下の第63師団-2個独混旅団から改編-と第117師団-2個独混連隊から改編-は師団砲兵がなく師団火砲は両師団併せて山砲18門のみ、第128師団は定員二万三千名のうち実在一万四千名、第1方面軍隷下部隊の速射砲は皆無に近く重機関銃は定数の二分の一、銃剣約10万本に加え野砲400門が不足していた。

一言で言えば関東軍自体が張り子の虎となっていたのである。

しかし、こんな貧弱な状態にもかかわらず各在満部隊は寡兵をもって勇戦敢闘、特筆されるべき必死の抵抗を続けました。
言ってみれば日本版「ラスト・オブ・カンプグルッペ」状態ですね。
と言うことで鬱にならない程度に書きたいと思います。

満州東部方面
満州東部の第1方面軍麾下第5軍及び第3軍の10個師団と各1個独立混成旅団、国境守備隊、機動旅団に対しソ連軍は35個師団、17個戦車・機械化旅団を基幹とするソ連第1極東方面軍と第2極東方面軍主力をもって侵攻しました。

東部正面を防備する第5軍司令官清水中将はソ連軍主力が東部正面最大都市である牡丹江に向かうものと正しく判断し牡丹江の防備に第124師団を前面に、第126師団、第135師団をその後方に配備した。
これら3個師団は牡丹江東側陣地においてソ連軍主力の猛攻に対し第124師団の一部は突破されたものの第126師団、第135師団と協同して肉弾に次ぐ肉弾で必死の防戦を繰り返し15日夕までの5日間陣地を固守し牡丹江在留邦人6万人の後退を完了させた17日には防御の限界に達し60km後退した際に停戦命令を受領し停戦した。
南部の第3軍は、一部の国境配置部隊のほか主力は後方配置し羅子溝の第128師団、琿春の第112師団は布陣した陣地で激戦を展開、広い地域に分散孤立した状態で攻撃を受けたため多数の死傷者を出しながらも決死敢闘し、停戦命令を受領した17日にはソ連軍に第二線陣地まで浸食されたものの停戦までソ連軍大兵力を寡兵をもってこれをよく阻止した。


満州北・北西部方面
満州北及び北西方面のハイラル方面には第4軍の内、第119師団とその前方に位置する独混第80旅団が守備についていた。
このハイラル北西にはソ連軍中最強のザバイカル方面軍の第36軍が進攻し、9日早朝急襲を受けた国境監視哨等には玉砕したものが多く、国境方面の在留邦人も避難の時間なく相当の犠牲者を生じた。
ハイラル守備部隊は圧倒的優勢なソ連軍の完全包囲下に陣地の大部分を確保して寡兵よく健闘し18日に停戦するまで敵第36軍の大勢力を凌ぎ、第119師団は停戦するまでソ連軍の突破を阻止、その結果邦人主力のハイラル在住者はソ連軍に後方を遮断される前にその大部分が後退することができた。


在満航空部隊
ソ連軍の機甲部隊に対しては原田中将以下第2航空軍がひとり立ち向かい12日からは連日攻撃に向かった。
攻撃機の中には全弾打ち尽くした後、敵戦車群に体当たり攻撃を行ったものは相当数に上った。


内蒙古方面
内蒙古には独立混成第二旅団-5個歩兵大隊、1個野砲大隊、1個工兵中隊基幹-が展開していた。
陣地はわずかに張家口北方約27kmの外長城線に、簡単な野戦陣地丸一陣地と、平地泉に丸二陣地を築くのみ精一杯であり、兵力も張家口や大同など内蒙古の南縁に重点配置され、奥地には特務機関と、それを警護する一個小隊前後の兵員が分散配置されているだけだった。

ソ連機械化騎兵旅団は9日から内蒙に侵攻を開始、14日には日本軍の前哨陣地のある張北の西北30kmに迫った。
これに対し駐満軍司令官根本中将は、張家口に終結しつつあった邦人約4万人の引き揚げを8月20日から開始することにし、同日張家口陣地に接近したソ連軍に引き揚げ終了まで猶予を願ったが聞き入れられず、守備する独立混成第2旅団は根本司令官の意図を体し、邦人引き揚げを援護するため抗戦を続行した。
この戦闘で同旅団は約70名の犠牲者を出すも4万人近い邦人は全員無事に引き揚げを完了した。

閑話休題が長すぎてその6へ続く
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by bosc_1945 | 2005-07-07 00:00 | 「バカの壁」シリーズ