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2005年 04月 17日 ( 3 )

2005年 04月 17日
【興禅の足掻き】 第53回「バカの壁・再」41(第三部) 【対興禅三部作】
第53回「バカの壁・再」41(第三部)
~ビビってるのは誰だ~


さて、最後の第三部では「プライバシー権」について触れておこうと思いましたが第二部で字数が足りなくなったので続きます。

前回で引用した三島由紀夫事件判決とは全く逆の判決も引用しましょう。
平成8年4月26日 高松高裁 平成5年(ネ)第402号 損害賠償請求控訴、同付帯控訴事件(原審・高松地裁平成5年(ワ)第311号)(日本ユニ著作権センター)
判決
理由
一 略
二 略
三 控訴人の責任について
1 プライバシーないし人格権侵害について
 本件手紙は被控訴人から控訴人に宛てた私信であって、私信は特定の相手だけに思想や感情を伝えることを目的としており、もともと公開を予定していないものであるから、その性質上当然に私生活に属する事柄であって、その内容がどのようなものであれ、一般人の感受性を基準にすれば公開を欲しないものと解すべきものである。
 証拠(甲一、二四、二五、乙一、二、被控訴人本人)によれば、本件手紙の内容は、主として平成元年二月五日付の四國新聞に掲載された管長の発言を批判するものであって、被控訴人は少林寺拳法連盟本部の組織運営に対する批判的な記事を、同年五月発行の「ぐどう」という少林寺拳法連盟内の有志で作る機関紙に発表していたこと、また、当時会費の値上げの問題について連盟の内部で不満があり、理事長会でも紛糾し、被控訴人自身も理事長会で会費値上げの進め方について批判する発言をしていたこと、が認められるが、このように被控訴人が連盟本部に対して批判的な発言をしていたとしても、本件手紙の内容が連盟本部に対する批判ではなく、管長の発言に対する批判であることからみて、関係者にとって周知の事実であったとまではいえず、一般には知られていない事柄であったということができる。
 したがって、発信者である被控訴人は、当時の右連盟における地位も考慮すると、右のような内容の本件手紙をみだりに公開されないことについて法的保護に値する利益を有しており、その承諾なしに公開することは、人格権であるプライバシーの権利を侵害するものといわなくてはならない。

2 著作権侵害について
 本件手紙は、前記のように管長の発言に対する被控訴人自身の考えを述べたものであって、その思想または感情を表明したものといえるが、著作権法が保護の対象とする著作物の意義を「思想又は感情を創作的に表現したものであって」と規定しているところからみて、著作物というためにはその表現自体に何らかの著作者の独自の個性が現われていなくてはならないと解すべきであるところ、本件手紙の表現形態からみて、このような意味の独自性があるものとして法的保護に値する「創作的に表現したもの」と解することはできない。したがって、本件手紙は著作権法による保護を受けるべき著作物(同法二条一項一号、一〇条一項一号)ということはできないと解するのが相当である。
 したがって、その余の事実について判断するまでもなく、本件手紙が著作物であることを前提とする著作権あるいは著作者人格権に基づく請求は理由がない。
■「プライバシー権」については後述するとして「著作権」について判決理由を詳しく見てみましょう。
まず

>本件手紙は、前記のように管長の発言に対する被控訴人自身の考えを述べたものであって、その思想または感情を表明したものといえる

ということで「本件手紙=思想または感情を表明したもの」と認定しています。
しかし、

>著作権法が保護の対象とする著作物の意義を「思想又は感情を創作的に表現したものであって」と規定しているところからみて、著作物というためにはその表現自体に何らかの著作者の独自の個性が現われていなくてはならないと解すべきである

「著作物というためにはその表現自体に何らかの著作者の独自の個性が現われていなくてはならない」としています。
これが法律にあるところの「創作的に表現」と言うことですが、この手紙にはそれが無く「思想または感情を表明したものであるが創作的ではない」と言うことになります。
従って

>本件手紙の表現形態からみて、このような意味の独自性があるものとして法的保護に値する「創作的に表現したもの」と解することはできない。したがって、本件手紙は著作権法による保護を受けるべき著作物(同法二条一項一号、一〇条一項一号)ということはできないと解するのが相当である。

と言う結論になるわけです。

ここでのキーポイントは「手紙・メールの表現自体に何らかの著作者の独自の個性が現われて創作的表現と言えるか」と言うことですね。

で、「プライバシー権」についてですが

>このように被控訴人が連盟本部に対して批判的な発言をしていたとしても、本件手紙の内容が連盟本部に対する批判ではなく、管長の発言に対する批判であることからみて、関係者にとって周知の事実であったとまではいえず、一般には知られていない事柄であったということができる。
>したがって、発信者である被控訴人は、当時の右連盟における地位も考慮すると、右のような内容の本件手紙をみだりに公開されないことについて法的保護に値する利益を有しており、その承諾なしに公開することは、人格権であるプライバシーの権利を侵害するものといわなくてはならない。


簡単に言えばこの事件の場合「一般には知られていない事柄であった管長の発言に対する批判の手紙をみだりに公開されないことについて法的保護に値する利益を有しており、その承諾なしに公開することは、人格権であるプライバシーの権利を侵害するもの」と言うことになります。

この事件について少し判りにくいので補足しますと、この事件はAさん(控訴人)がBさん(被控訴人)に送った手紙を著作で公開されたことに対する裁判の控訴審です。

・当時両人はある団体の理事長の職にあり、両者ともこの団体組織運営や会費値上げ問題について批判的な立場にあった。

・ある新聞に掲載されたこの団体管長の発言に対する批判をAさんがBさんに宛てた手紙に書き、その手紙をBさんがその団体を破門になった後に団体批判本の補強としてAさんの手紙を掲載した。

・Aさんがこの手紙を出した当時は団体組織運営や会費の値上げ問題についてBさんも連盟本部に批判的な立場であると理解し、Bさんを信頼して連盟本部に対する不満を述べていたが、Aさんは連盟本部の健全な発展を願っており、Bさんとは違い連盟本部と別の組織を作るようなことは考えておらず、自身の批判によって連盟本部の状況は徐々に改善されていると感じており、現在では本件手紙を書いたことを悔やんでいる。

・Aさんは連盟本部の役員でありながら、破門されたBさんとの三年以上も前の私信を意思に反する形で公開され、連盟内部に混乱を招いた原因を作ったという責任を痛感して、すべての役職を辞任した。

これらの事実を総合し、AさんはBさんを信頼して率直な気持を打ち明けた手紙をBさんが無断で本件書籍に登載したというプライバシーの権利の侵害によって大きな精神的苦痛を被ったことが認められ、その精神的苦痛に対する慰謝料としては金五〇万円が相当であると言う判決が下りました。

まぁ今回の事例とはかけ離れているので参考にはならないかもしれませんが「プライバシー権」「個人が自由に私生活を営む上でみだりに自分の私生活を公開されない権利」であり「プライバシー権の侵害」「みだりに公開されないことについて法的保護に値する利益を有している一般には知られていない事柄を相手の承諾なしに公開すること」であるとすれば

・彼の私に対する批判・誹謗中傷やぼたんの花擁護は彼の日記やそれに対する私の反論から一般には知られていない事柄ではない。
・よってみだりに公開されないことについて法的保護に値する利益を有しているとは思えない。

・彼へはメール公開を度々通告し、通告後も度々彼は書き込みを続けている。
・よって、彼以外の人は皆認識している事からも通告を認識できず反論の機会がなかったとは考えにくい。

これらの事を総合すれば「プライバシー権の侵害」にあたると主張するのは「彼のメールに著作権がある」と主張するよりは随分争う余地がある事も事実でしょうが、立証は難しいのではないでしょうかね。

また、彼のメールが私に対する脅迫・名誉棄損であると言う指摘も随分あります。
であるとすれば、メールの公開はメールによる脅迫という不法行為に対する「正当防衛・緊急避難」にあたるのではという意見もありました。

刑法(法庫)
第1編 総 則
第7章 犯罪の不成立及び刑の減免
(正当防衛)
第36条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 略

(緊急避難)
第37条 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 略

民法(法庫)
第3編 債 権
第5章 不法行為
第720条 他人ノ不法行為ニ対シ自己又ハ第三者ノ権利ヲ防衛スル為メ已ムコトヲ得スシテ加害行為ヲ為シタル者ハ損害賠償ノ責ブ任セス 但被害者ヨリ不法行為ヲ為シタル者ニ対スル損害賠償ノ請求ヲ妨ケス
2 略
■まぁどっちにしろプライバシー権や彼のメールが不法行為であるかについては裁判所で争ってみないと判りませんが、彼のメールに著作権はないというのは確かそうです。


参考リンク
著作権法
刑法
民法(法庫)

三島由紀夫の手紙事件-手紙の著作物性Netlaw

日本ユニ著作権センター/判例全文・1996/04/26日本ユニ著作権センター

■想像してごらん、■
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by bosc_1945 | 2005-04-17 02:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 04月 17日
【興禅の足掻き】 第53回「バカの壁・再」41(第二部) 【対興禅三部作】
第53回「バカの壁・再」41(第二部)
~ビビってるのは誰だ~


さて、話は戻りまして。
第二部は「手紙-メールも含む-に著作権はあるのか」という問題に触れておきます。
まず彼が「『手紙』に関する判決文」としてあげている「平成12年5月23日判決・東京高裁 平成11(ネ)5631 著作権 民事訴訟事件について。

この事件は通称「三島由紀夫の手紙事件」と呼ばれていることからも判るように作家福島次郎氏が「三島由紀夫-剣と寒紅」と言う著作の中で、故三島氏が福島氏に宛てた未公表の手紙と葉書を掲載したところ、故三島の遺族が
・手紙と葉書が故三島の著作物である
・上記書籍の発行は上記手紙及び葉書に関する複製権の侵害である
・故三島が生存していたならばその公表権の侵害になる
と主張して執筆者、出版社、発行者に対し、書籍の出版等の差止、廃棄、損害賠償の支払、謝罪広告の掲載を求めた裁判です。

とりあえず、手紙を書いたのは大作家三島由紀夫と言うことを頭に入れましょう。

で、彼は判決文から
某S氏の犯罪です・・・その3 2005.04.13 01:34:17 (興禅)
 さて、『手紙』に関する判決文を一つあげておきましょう。『平成12年5月23日判決・東京高裁 平成11(ネ)5631 著作権 民事訴訟事件』です。
【以下判決文より引用】
(「当裁判所の判断」として)
1 著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し、特に「手紙」を除外していないから、右の定義に該当する限り、手紙であっても、著作物であることは明らかである。
【引用終わり】

 メールが『手紙』であることは疑いようもなく、この東京高裁の判断によると著作物と判断できるようです。仮に例の行為を『引用』だと主張しても『引用』ができるのは公表された著作物のみですのでアウトです。そもそも私信を公表することなど非常識も良いところです。著作権侵害のみならずプライバシーの侵害にも当てはまりそうです。
■と言う風に引用しています。
彼は

>メールが『手紙』であることは疑いようもなく、この東京高裁の判断によると著作物と判断できるようです。

と簡単に言い切りますが、彼の言うように「手紙=著作物」と言う単純な構図ではありません。
判決文には

>右の定義に該当する限り、手紙であっても、著作物であることは明らかである。

とあり、「右の定義に該当する限り」と言う条件付きで手紙にも著作権を認めているのです。
この定義とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と言うことになります。

また彼の引用した記述の後には

>3 本件各手紙(本件書籍(甲第一二号証)中の掲載頁は、原判決七、八頁に記載されたとおりである。)を読めば、これが、単なる時候のあいさつ等の日常の通信文の範囲にとどまるものではなく、【F】の思想又は感情を創作的に表現した文章であることを認識することは、通常人にとって容易であることが明らかである。また、控訴人らが本件各手紙を読むことができたことも明らかである。そうである以上、控訴人らは、本件各手紙の著作物性を認識することが容易にできたものというべきである。控訴人らに過失がないとの主張は、採用することができない。

とあり、

>これが、単なる時候のあいさつ等の日常の通信文の範囲にとどまるものではなく、【F】の思想又は感情を創作的に表現した文章であることを認識することは、通常人にとって容易であることが明らかである。

と書かれていることからも「思想又は感情を創作的に表現した手紙=著作物」と言うことになり、単なる時候のあいさつ等の日常の通信文の範囲で思想又は感情を創作的に表現していなければ手紙に著作権は発生しません。

彼が引用した東京高裁判決の前の東京地裁「H11.10.18 東京地裁 平成10(ワ)8761 著作権 民事訴訟事件」の原審判決にも
H11.10.18 東京地裁 平成10(ワ)8761 著作権 民事訴訟事件(Netlaw)
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件各手紙の著作物性)について
1 略
2   著作権法上保護の対象となる著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることを要し、これをもって足りる。
 本件各手紙は、いずれも、被告福島との往復書簡であり、特定の者に宛てられ、特定の者を読み手として書かれたものであって、不特定多数の読者を想定した文芸作品とは性格を異にする。しかし、本件各手紙には、単に時候の挨拶、返事、謝礼、依頼、指示などの事務的な内容のみが記載されているのではなく、三島由紀夫の自己の作品に対する感慨、抱負、被告福島の作品に対する感想、意見、折々の心情、人生観、世界観等が、文芸作品とは異なり、飾らない言葉を用いて述べられている。本件各手紙は、いずれも、三島由紀夫の思想又は感情を、個性的に表現したものであることは明らかである。以上のとおり、本件各手紙には著作物性がある。
 (後略)
■と、

>本件各手紙には、単に時候の挨拶、返事、謝礼、依頼、指示などの事務的な内容のみが記載されているのではなく、三島由紀夫の自己の作品に対する感慨、抱負、被告福島の作品に対する感想、意見、折々の心情、人生観、世界観等が、文芸作品とは異なり、飾らない言葉を用いて述べられている。本件各手紙は、いずれも、三島由紀夫の思想又は感情を、個性的に表現したものであることは明らかである。

と書かれていることからも手紙であれば著作権があると言うのは間違いですね。
ちなみに三島氏から福島氏に送られ小説の中で掲載された手紙は一五通。
その五枚目(本件手紙5)には福島氏が執筆した小説に対する三島氏の感想・意見等が書かれています。
その手紙が判決文中に全文が掲記されているので引用しましょう。

「前略、御作『はらから』やつと拝読しました。実は家の増築などで身辺ゴタゴタし、仕事もゴタゴタ、なかなかゆつくり落着いて拝読できず、どうせなら、気持の余裕のあるときに熟読したはうがと思つてゐたので遅くなりました。テーマのよく消化された短篇で、よく納得できるやうに書かれてゐます。性格描写としての兄弟の書き分けもたしかな筆づかひで、特に冒頭の弟のせせつこましい性格のエピソードの積み重ねなど面白い。
 しかしこの作品で不満なのは、それ以上のものがないことです。おしまひに急に姉が出てくるのはいいが、肉親の宿命と愛憎が性的嗜好に端的に出てくるといふのはいいが、かういふ題材は川端さん式にうんと飛躍して、透明化して扱ふか、それとも、逆に、うんと心理的生理的に掘り下げて執拗に追究するか、どちらかです。洋子が隆次タイプと性的にピタリと合ふといふのは説明だけで、『いかに合ふか』といふのが、文学的表現の一等むつかしいところで、それをわからせて、実感させるのが、文学だと思ひます。
 それから情景としては飛行場の近くといふところ面白いのですが、肝腎の飛行場が活用されてゐない気がします、これはもつと趣深く使へる筈です。文章については、根本的に短篇の文章といふ問題を考へ直してほしいと思ひます。これが短い簡単な話なのにゴタゴタした印象を与へるのは、文章のためと、自然主義的描写法のためと、もう一つは、月並な言ひ廻しのためです。13頁上段中頃の月の描写の月並さ、14頁下段の男神云々の表現、15頁上段の『欲情の闇』『赤い歓喜の炎』『恋の女神』『青春の花』などの安つぽい表現、15頁下段の『舞台装置のやうな』という比喩、16頁上段の( )の中の月並な感想など、・・・みなこの作品の味をにぶくしてゐます。御再考を促したいと思ひます。もつともつと余計なものを捨てること、まづ切り捨てることから学ぶこと、スッキリさせること、それから、題材に対して飛躍したスカッとした視点を持つこと・・・さういふことが短篇を書く上でもつとも大切だと思ひます。
 悪口を並べてしまひましたが、意のあるところを汲みとつて下さい。次の作品をたのしみにしてゐます。匆々」


流石大作家、手紙も文学的ですねw

さて、この判決とは全く逆の判決も引用しましょう。

・・・と思ったら、字数が足りないので第三部へ続く
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by bosc_1945 | 2005-04-17 01:00 | 「バカの壁」シリーズ
2005年 04月 17日
【興禅の足掻き】 第53回「バカの壁・再」41(第一部) 【対興禅三部作】
第53回「バカの壁・再」41(第一部)
~ビビってるのは誰だ~

ビビっているということです 2005.04.17 03:54:27 (興禅)
 最後の警告を出したのにもかかわらず、某S氏とコメント欄で対話を試みてしましたが、やはりラチがあきませんね。全く話しが進展しない。脱力。というわけで彼の最後の4連発寝言コメントは削除し、日記内で私は語っていこうと思います。

 なんだか本人は、例の犯罪の件については決着したと言っていますが、自分とお仲間たちの意見だけが全てと思っているようですね。まぬけなはなしです。素人が束になっていろいろと言っても、訴訟を起こす意義があると著作者の方が思われた場合、某S氏は実際に法廷に立たされることになるのです。著作者の方はその準備中かもしれませんね。ま、せいぜい訴えられないことを靖国神社で祈っておく方が良いでしょう。


(略)

 某S氏は、色んな人に因縁をつけてまわっていますが、よっぽど自分が正しく素晴らしいことを言っているのだと考えているようですね。そうでなければあれほど粘着できないですもの。しかしそれは途方もない勘違いであることをとりあえず指摘しておきなす。(原文ママ)
■いやはや・・・開いた口がふさがらないとはこの事ですね。

>全く話しが進展しない。脱力。というわけで彼の最後の4連発寝言コメントは削除し、日記内で私は語っていこうと思います。

相手のコメントは「寝言」といい削除し、自分は日記で語ることにするってビビって逃げてるのは誰だと。

しかも、話が進展しないのは肝心の著作権やプライバシー権のことに全く触れず、どうでもいい枝葉に返事するからでしょうが。
彼が度々日記で断定している「某S氏の犯罪」とやらについて、私やその他の方々が度々反論していますね。
やれやれ・・・ 2005.04.13 10:30:28 (某S氏さん)

>自分の明白な犯罪を指摘されたらもうしどろもどろです。
-----
まったくしどろもどろではありませんが。

最初から言っているように彼のメールが「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とは認識していません。

また貴方の引用している東京高裁の判決も

>著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し、特に「手紙」を除外していないから、右の定義に該当する限り、手紙であっても、著作物であることは明らかである。

とあるように「手紙」であっても「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であれば著作権を主張できると言っているに過ぎません。
よって

>メールが『手紙』であることは疑いようもなく、この東京高裁の判断によると著作物と判断できるようです。

と言うのは些か早計でしょう。
正しくは
「東京高裁の判断によると著作物と判断できる場合もあるようです。」
が正解ですね。
しかし現実はJSFさんの挙げられた判決-管理人氏によって削除されていますが-にもあるように「手紙=著作物」と主張するのは極めて困難です。

続き 2005.04.13 10:30:44 (某S氏さん)
で、問題はプライバシー権になりますが
・彼には最初から私信であろうとなかろうとすべて公開する旨伝えている。
・彼から公開を拒否する旨の書き込みは一度たりとも貰っていない。

これらの事実から、公開すると告げていてるにもかかわらず、拒否の意思表示もせずに続けて送ってくると言うことは公開されてもいいと認めたと取られても仕方ないんですよ。
彼が公開を拒否するなら何故最初に公開すると告げられた段階でそうしなかったのか。
それは公開を拒否していなかったからでしょう。

一方通行であってもこちらが公開する旨繰り返し通告し、相手から拒否する旨の反応がなければ同意があったとみなしても構わないでしょう。

まぁしかし、もともとは貴方の「誣告」から端を発したことですが、インターネットの匿名性を笠にきて何でもありだとする風潮は、これからは厳に戒めていかねばならないと思いますね。
匿名を笠にきて、あることないこと勝手に法律を解釈してこじつけて平気で「犯罪」と断定する人が多くて困ります。
当事者でもないにもかかわらずね。
■という風に。

この書き込みに対して彼が反応したのは

>匿名を笠にきて、あることないこと勝手に法律を解釈してこじつけて平気で「犯罪」と断定する人が多くて困ります。
>当事者でもないにもかかわらずね。

こどもだったんですね・2005.04.14 01:58:15)

と、全く本論である「著作権・プライバシー権」に触れていない部分です。
しまいには

>名誉を毀損?(´,_ゝ`)プッ 匿名だと名誉毀損は成立しませんが。
(略)
>いずれにせよ名誉毀損はお互い様ですから、今頃になって泣き言は言わないことですね。そもそも最初にこのホームページに対してアヤをつけてきたのはあなたです。どうやってそのおとしまえをつけるつもりなんですか?聞かせてもらいましょうか。


( ゚Д゚)・2005.04.15 01:35:51)

自分で「匿名だと名誉毀損は成立しません」と言った直後に「いずれにせよ名誉毀損はお互い様」って、あんたも匿名だろと。
しかも「名誉毀損はお互い様」って、自分が相手の名誉を毀損したこと認める発言が飛び出しましたよ。
結局は「あいつがさいしょにぼくのにっきをけなしたからぼくもやったんだようぼくはわるくないんだよう」って事ですか。

で、最終的に

>そもそも最初にこのホームページに対してアヤをつけてきたのはあなたです。どうやってそのおとしまえをつけるつもりなんですか?聞かせてもらいましょうか。

となります、考え方がどこまでもおこちゃまで呆れますね。
「アヤつけてきたのはオマエだろう、どうやって落とし前つけるんだ」とはまるでヤクザ・・・もとい暴力団関係者ですね。
恐らく本職の方々でも暴対法施行以来こんなことは言えないでしょうが。
で、

>なんだか本人は、例の犯罪の件については決着したと言っていますが、自分とお仲間たちの意見だけが全てと思っているようですね。まぬけなはなしです。

なんだか彼は、例の犯罪の件については度々断定していますが、自分の意見だけが全てと思っているようですね。まぬけなはなしです。
見事なマホカンタですね。

>素人が束になっていろいろと言っても、訴訟を起こす意義があると著作者の方が思われた場合、某S氏は実際に法廷に立たされることになるのです。著作者の方はその準備中かもしれませんね。ま、せいぜい訴えられないことを靖国神社で祈っておく方が良いでしょう。

素人が束になってと言うがって、あんたも素人だろうがw
しかもその素人にすら受け入れられてない意見が公の場で受け入れられると思うのかい?

訴訟の準備中?
素晴らしい冗談ですね、もし彼が私を訴えるために自分のメールの内容を弁護士に見せるのなら、喜んで提供しますよ。
でもまぁ、大方の判断は都合が悪くなったので他人を焚き付けて逃亡中だと思うがねw

ところで、山脈逃亡宣言以来B-87の活動が活発化しています。
「2005/04/17 05:01:19 PM」現在掲示板も空いているようです。
片方が居なくなると片方が出てくる、不思議なこともあるのですね。
さて

>某S氏は、色んな人に因縁をつけてまわっていますが、よっぽど自分が正しく素晴らしいことを言っているのだと考えているようですね。そうでなければあれほど粘着できないですもの。しかしそれは途方もない勘違いであることをとりあえず指摘しておきなす。

よっぽど反論されたのが悔しかったのか、相手の反論は因縁と言う一言で片付けていますね。
繰り返し言いますが、彼は日記の中で述べている「某S氏の犯罪」についての私の「著作権・プライバシー権」からの反論について一切反論できずにいます。
上で触れているように彼が反論したのは全く関係ない枝葉のみです。
名無しさんは創氏改名中さんの日記「【斜め上】香ばしいヒト【越えられない壁】其の1 」にもありますが

>それに、某S氏のコメントの中には著作権とプライバシー権に関するものがあったはずですが、それに関しては一言も述べていませんよね?
>それが貴方の限界、反論できずに都合の悪いことはなかったことにしているだけです。
>最後に、貴方の日記から貴方に送る言葉を引用しましょう。
>「よっぽど自分が正しく素晴らしいことを言っているのだと考えているようですね。」(2005.04.17 04:21:13)


これに「そうでなければあれほど粘着できないですもの。しかしそれは途方もない勘違いであることをとりあえず指摘しておきなす。」と付け加えれば完璧です。
これもまた見事なマホカンタですね。

また最後に指摘しておきますが、彼は反論のトラックバックを「キモチワリー」の一言で全て削除しています。
付け加えて、彼の掲示板では彼の指定する当事者以外書き込みができないので私の当該反論日記のアドレスを書き込んだところこれも「キモチワリー」の一言で削除しています。

どこかのブログで「自分の意見に絶対の自信があるなら、安易な削除はすべきではない。」と言う記事を読んだ記憶がありますが、全く同意見です。
無論明らかな荒らしや宣伝は削除すべきですがね。

社会通念的に見て正しいことを言っていると主張する人間が社会通念的に見て正しいことを言っている場合、この様な特定の人間以外に言論の自由を与えない行為を行うでしょうか?
また、自分の意に反する言論は全て弾圧する行為を行うでしょうか?

答えは明白ですね。


第二部へ続く

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by bosc_1945 | 2005-04-17 00:00 | 「バカの壁」シリーズ