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2004年 01月 25日 ( 1 )

2004年 01月 25日
遠き日の日英同盟を思う。
昨今の報道ではだいぶ衰退した感があるが、一時期日米同盟の意義というものが問われた時期があった。

某S氏は昨年の総選挙を民主党が政権を取れば日米同盟に亀裂が走ると危惧していたがやはり日本国民は賢明であった。
世間では「民主党大躍進」「政権交代への第一歩」と見ている感があるが某S氏はこれと意見を異にし、民主党は頑張っても所詮この程度と言う感が強かった。
それと共に民主党の旧社会党化が気になった。

まあ、これから政権を奪取しようという党の党首が街頭演説にて「いっぺん我が党に政権をやらせてみてもいいのではないでしょうか皆さん!」と言ったのには非常に笑った。
これでは合コンで可愛いあの子に「お願い、一回やらせて!」と言う大学生と変わりないではないか、某S氏は到底この様な党、党首に国政を任せようとは思わない。


さて、日米同盟とイラク派遣についてであるが実はこれとよく似た状況が90年前の日本を襲っていた。
1902年に締結した日英同盟と、1914年に勃発した第一次大戦である。

第一次大戦に於いてドイツ東洋艦隊がインド洋、太平洋で英国船の安全を脅かすとイギリスは日英同盟に基づいて日本海軍の艦艇派遣を求めた。
日本はドイツの要塞のあった中国・遼東半島の青島を攻略、さらにドイツ領南洋群島を占領し、アジア、太平洋のすべてのドイツの拠点を壊滅させ、オーストラリア、ニュージーランドの防衛と地中海での連合軍輸送船の護衛にあたった。

地中海での船団護衛中、英国運送船トランシルヴァニアの沈没救助に際しては駐英大使館付武官・船越少将から、英国海軍大臣から次官経由で以下のような謝辞があったとして電報が寄せられた。

運送船「トランシルヴァニア」遭難の際、松、榊はすこぶる勇敢に行動し、かつ生存者の大部分は両艦によりて救助せられたる由、「サヴォナ」英国総領事の報告に接し、英国海軍大臣は、取り敢えず英国海軍および英国海軍省の名をもって、右両艦の勇敢なる行為と作業とに、深き謝意を表することを貴官に伝達ありたき旨、英国海軍次官より申越せり。

これら帝国海軍遣欧駆逐隊の活躍は「日本海軍地中海遠征記」と言う本が詳しい。
イギリスのバルフォア外相は
「今日、英国からエジプト・インド・豪州へ日本海軍の支援なくして行くことはできない」
と述べ、大戦後専門家の間では「いかなる同盟国の海軍よりも価値があった」と高い評価を受けた。
さて、陸上においても苦戦していたイギリスは日本陸軍のヨーロッパ派兵も求めていた。
当時の加藤高明外相は国軍の「唯一ノ目的ハ国防ニ在ル」為「主義上、派兵ハ不可能」と拒否した。
「専守防衛」を金科玉条とする大日本帝国はアジア・太平洋地域の防衛や商船護送はまだしも、将兵を送って血を流すのは、同盟の範囲外であるし「主義上」不可能であると言う事だ。
おや、どこかで聞いたような話だ。


1915年に入り、連合国ますます戦況不利となると欧州諸国からは日本陸軍の派兵を求める声が強くなっていった。
フランスの新聞などはインドシナの割譲を条件に、日本軍の派兵を要請せよとさえ論じた。
それまで日本の派兵不可能論に理解を示していたイギリスからも、バルフォア外相が
「一体日本国民ハ日英同盟ノ範囲以外ニ於イテハ、何等戦闘ニ協力セズト言フ考ナリヤ」
と非難した。
が、日本国内ではジャーナリズムを中心に「派兵反対」の大合唱が起きていた。
雑誌「太陽」は「欧州出兵の愚論」などの特集を組み、次のように論じた。

日本が他人のために欧州下り迄出兵する義務は誰が負わされた。必要はどこにある。
もし又自己の為にとならば、日本は遙々欧州迄出兵して、何の利益があると問いたい。
現在の如く、あれも同盟、これも対同盟で義務の無限荷重では奴隷の任務その儘である。


また別の論者は、アメリカが参戦したのは世界人類の平和などの美名のためではない。アメリカの参戦はヨーロッパへの勢力拡張や、連邦制のために弱い中央政府の権力を参戦によって強化しようとしたまでのことであり国民の反対が強い軍備拡張を参戦によって図ろうとしているだけの事であると主張した。
おやおや、またどこかで聞いた事があるような話だw

このような国内世論の派兵絶対反対を受けて、日本政府は国および他の連合国からの度重なる派兵要請に対し
「一般国民有識者間ノ賛同ヲ得ルコト全然望ミナシ」
「国民一般ノ協賛ヲ得ルコト覚束ナク、帝国議会ノ協賛ヲ求ムルモ之ヲ期待シ難シ」

と苦しい説明を繰り返した。
こうした日本の態度にイギリスの不満と不信は如何ばかりであったろうか。
所詮日本駆逐隊が地中海においてイギリス海軍と密接に協力して行った連合国の船団護送は重要ではあるが見えざる貢献であった。
大戦後、政治家と一般国民の間では抜きがたい対日不振が広がっていたのである。

また、中国市場進出を狙うアメリカにとっては、同市場を抑える英国と日本との同盟は邪魔な存在であり、中国も大陸における日本とイギリスの権益を排除する為に日英同盟の解消を画策した。

イギリスの日本に対する不信と猜疑心、そしてアメリカの圧力・中国の画策によって日英同盟は解消を余儀なくされた。
日英同盟は両国が信頼と互恵の関係を見いだした時に誕生しそれが崩れた時にあっさりと消滅した。
そして義和団事件や日露戦争時の親日感情が、第一次大戦では不信と猜疑とに劇的に変わってしまった。
国際政治の舞台に不慣れな日本は、イギリスの情報力と外交力という後ろ盾を失って漂流を始めた。
そしてドイツに接近していくが、これがどのような悲惨な結果をもたらしたかは、改めて述べるまでもない。


いつか来た道を90年後の日本は見事通り抜けたようだが、まだまだ道を踏み外す可能性は大きい。
イラクに赴く自衛官の諸君の身に何かあったときがそうだ、それこそ某政党は声高に叫ぶであろう。
「だから我々は反対した」と。
だがこの様な場合でも、日本の取るべき進路はただ一つ。
死者に最大限の敬意と弔意を払い、只ひたすらにイラク復興に取り組む事。
恐らく小泉首相は「与野党」問わず殺人鬼のごとく非難を浴びせられるであろう、だがこれも日本の国家百年の為と今の汚辱に耐えていただきたい。
無論、自衛隊の「戦死者」は政府専用機で帰国し陸上自衛隊儀仗隊と全閣僚の出迎えを受ける。
此処で一番お願いしたいのは、主義・主張、思想・信条を異にする者も国の為に忠義を尽くした者には最大限の弔意を払っていただきたいという事。
いくら主義・主張、思想・信条を異にしても国の為に忠義を尽くした者に軽々しくも「無駄死に」であったとは言うべきではない。
「義を果たす者ありてそこに祖国あり。名誉重んずる者ありてそこに祖国あり。」
とは浜田幸一氏が言った言葉であるがまさしく至言である。
我々祖国は義を果たす者には主義・主張、思想・信条を超えた、礼節を重んじるべきである。


1月22日衆院本会議の代表質問で民主党の菅代表は自衛隊のイラク派遣を「憲法違反」と批判した。
某S氏から見ればまるで実のない、自分の都合や考えをグダグダと述べるだけであった。
イラク派遣拒否が同盟国米国の信頼と互恵の関係に如何なる影響与え、それが我が国の国益にどのようなマイナスを与えるのかという考察が見事なまでに欠落している。
一国平和主義の時代は終わった、日本さえ良ければ後はどうでもいいという時代はとうに終わったのである。
第二次世界大戦以降、冷戦の終結と共に世界中のありとあらゆるものが米国抜きでは語れない時代になった。

我が国の経済においても米国市場を抜きには語れない。
ようやく景気回復の鼻緒の鼻緒が見えかけたこの状況下、米国市場から弾き出されたらどうなるのか。
また、安全保障では好き好まずして北朝鮮という「キチガイ国家」を隣国に持つ以上日米安全保障条約、つまり米国抜きでは残念ながら我が国の国防は成り立たない。
米国の後ろ盾なしに、あのキチガイ国家と如何様にして向き合って行くのか。

此処ではっきりしておくが某S氏の仮想敵・甲は中国、乙が北朝鮮、丙はロシアである。
地政学上、大陸国と海洋国の利害は相反し、海洋国は海洋国同士の利害が一致する。
さらに、近代以降の国際政治史・軍事史の中で条約を破った事の無い国は英国と米国だけである。
これは日英同盟締結前、ロシア側が「満漢交換」つまり朝鮮半島は日本、満州はロシアという線引きを飲まなかった事もあるが「日英同盟」の対案としてあげられた「日露協商」を退ける大きな要因となった。

これにより中国との友好もあり得ないという事になる。
むしろ某S氏は覇権思想を持つ中国とは尖閣問題でいずれ一戦交える決意でないといけないと思っている。
無論、大韓民国と称する南朝鮮の不逞分子共が自国海軍が我が海上自衛隊に数時間で壊滅させられる程度の戦力でしかないにもかかわらず不法占領している竹島に関してもだ。
中国海軍に関して某海自幹部の言を借りれば「100回やって100回勝てる」そうな。
まあ、半世紀も前のロシア製戦車や火砲を無理矢理改造したりデッドコピーしたに過ぎない陸軍、フランス製のろくでもないミサイルとロシアの古臭い軍艦を並べただけの海軍、確かに見栄えはいいけど電子戦装備が西側の70年代にも追いついていないロシア製'最新鋭'戦闘機を妙に楽しそうに見せびらかしている空軍。
旧軍のごとき自信もあながち過信ではなさそうだ。
だとすれば、なぜ日本は「戦争」という最後外交のカードを自ら放棄して交渉に望むのか、ポーカーでスペードのエースを最初から捨ててしまっては勝負に勝てないのは明白である。
たとえ使う気がなくともスペードのエースは手札として持っておくべきである。
「日本が戦争を放棄しても、戦争は決して日本を放棄はしない。」(稲垣武)


もしも、管民主党を政権に据えたときどのような事態が起きるか、それは歴史が証明している。
いつか来た道、歴史は繰り返す。
あの悲劇が二度と繰り返されない事を祈りつつ。


以上多事某論でした。


参考文献

「日本海軍地中海遠征記」
片岡覚太郎/C.W.ニコル、河出書房新社、2001/06、\2,000

Japan On the Globe(328) 国際派日本人養成講座
「同盟とは何か」
 英国との互恵と信頼の関係が崩れた時、日英同盟は消滅し、日本外交は漂流を始めた。
http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=0367&FN=20040125010011

「日本帝国海軍、地中海に奮戦す」
 第一次大戦、同盟国イギリスの要請に応え、日本の駆逐艦隊は地中海でドイツ軍潜水艇と戦った。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog315.html
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by bosc_1945 | 2004-01-25 00:00 | 自衛隊・イラク関連