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2004年 12月 27日
【塾長の次は】 スマトラ地震 【斂葬の儀】
ダライ・ラマが来春訪日へ 政府、入国許可の方向 12月26日15時19分 (共同通信)
 チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ十四世が来年4月、日本の宗教団体の招きで来日する予定であることが26日、関係者の話で分かった。
 十四世はチベット独立の精神的象徴でもあり、中国政府は「分裂主義者」と敵視しているが、日本政府はこれまで政治活動の自粛を条件に入国を認めており、今回も基本的に許可する方向。中国政府が「台湾独立派」と非難している李登輝前総統に日本政府が入国査証(ビザ)を発給した後の日本訪問計画だけに、中国側が強く反発するのは必至だ。
 外国訪問途中の航空機乗り継ぎを除く十四世の正式な日本訪問は「チベット問題を考える議員連盟」代表世話人の牧野聖修衆院議員らが招待した03年秋以来。関係者によると、十四世は4月8日に成田空港に到着。東京、熊本、石川の3都県を訪れ、講演などを行い同19日に離日する。
総統の次は法王ですか。
急に対中姿勢が大転換しましたが官邸の中の人どうしたんですかねぇw

住居侵入容疑:共産党のビラ配り逮捕 東京・葛飾 2004年12月25日 21時37分 (毎日新聞)
 東京都葛飾区内のマンションにビラを配布するため侵入したとして、警視庁亀有署が23日、同区内の男(57)を住居侵入容疑で逮捕していたことが分かった。

 調べでは、男は23日午後、同区内の民間マンション(7階建て)に共産党の「都議会報告」などのビラを配布するために侵入した疑い。

 同党葛飾地区委員会によると、男が23日午後3時ごろ、ビラを配っていたところ、住民が「何をまいているのか、迷惑だからやめろ」と抗議し、同署に通報。駆けつけた警察官に逮捕された。

 男は「正当な政治活動」と主張し、「あなたが入れてほしくないなら、入れない。何号室ですか」と部屋番号を確認しようとした。マンション敷地内には、ビラ配布をしないよう求める注意書きがあったという。


 ビラ配りを巡っては、東京地裁八王子支部が16日、自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配るために東京都立川市の防衛庁官舎に立ち入り、住居侵入罪に問われた市民団体の3人に、無罪判決を出した。東京地検八王子支部は24日、東京高裁に控訴している。
■え~この男は根本的に勘違いしているんですが

>男は「正当な政治活動」と主張し、「あなたが入れてほしくないなら、入れない。何号室ですか」と部屋番号を確認しようとした。マンション敷地内には、ビラ配布をしないよう求める注意書きがあったという。

男の言う様にビラ配りは憲法で認められていて合法ですが、マンション敷地内にはビラ配布をしないよう求める注意書きがあった場合は配る為にマンションの敷地内に入るのは違法です。
ですから

>「あなたが入れてほしくないなら、入れない。何号室ですか」と部屋番号を確認しようとした。

と言うのは根本的に間違っているんですね。
アカだろうがブサヨだろうが自分の主張の為なら他人の権利を侵害してもへっちゃらという姿勢は共通していますね。

遅れた津波即応態勢 スマトラ島沖地震 12月27日15時21分 (産経新聞)
国際的な観測急務 オーストラリア南方でもM8 “予兆”生かせず
 インドネシア・スマトラ島沖の地震はマグニチュード(M)9・0となり、地震観測史上最大規模だったチリ地震(一九六〇年、M9・5)クラスの巨大地震と分かった。インドネシアでは今年だけで四回、二十四日には同じ「インド・オーストラリア地殻プレート」内にあるオーストラリア南方でもM8クラスの地震が発生、今回の地震の予兆ともみられたが、周辺各国の警戒態勢は不十分で、被害が拡大した可能性が大きい。(北村理)
 二十四日の地震の規模はM8・1で、震源はオーストラリアのタスマニア島南方だった。二十七日付のシドニー・モーニング・ヘラルドによると、地質専門家のスベタン・シナジノフスキ氏は「プレートの片側でエネルギーが発散されたため、もう一方の側でもエネルギーが放出された可能性がある」と述べた。
 また、インドネシアでは、十一月二十六日にも西パプア地域でM6クラスの地震が発生、約三百人が死傷し、約一千棟が全半壊した。このほか今年一年で三件の地震が発生している。
 今回の地震について、海溝型地震の専門家、名古屋大学の安藤雅孝教授(地震学)は、「現段階では海溝型地震と考えられる。ただ、アジア海域は、人口密度が高く、海岸線の地形もなだらかな傾斜が多いので、地震の大きさに関係なく、被害が拡大することは分かっており、要警戒地域だった」という。
 安藤教授によると、今回の地震の近海では、震源域北側のインド洋内で六十三年前(M7・9、死者推定数千人)、一八八一年にM8クラスの地震が発生しており、「インド洋からオーストラリアにかけた海域ではいつどこでM8クラスの地震が起きてもおかしくない」と語った。
 チリ地震では、日本でも約千人の死傷者が出るなど環太平洋地域に被害があったため、その後、ハワイに国際的な早期警戒態勢の拠点が置かれた。では、なぜ、同様に津波地震の頻発するインド-オーストラリア海域に、この教訓が生かされなかったのか?
 神戸市にあるアジア防災センターの羽鳥友彦・主任研究員(地震学)は「日本の気象庁もバングラデシュやスリランカに災害観測システムを提供しようとしていた。また来年一月の国連防災世界会議で、国連側が、津波地震の観測網と早期警戒システムを、アジア地域を含め国際的に強化する方針を打ち出そうとしていた矢先だった」
 そのうえで、チリ地震の教訓が三十年以上も生かされなかった理由について、「政治体制など国情の不安定要因などが自然災害への観測態勢整備への関心の低さにもあらわれているが、何よりもアジア地域では、地震よりはるかに多い頻度で被害が頻発する風水害への対応に追われているのが現状だ」と述べた。
 アジア・太平洋地域で津波シミュレーションの開発を進めている片田敏孝・群馬大学助教授(災害社会工学)は「今回は震源から遠いところで津波の被害が起きており、地震の観測態勢がなければ警戒のしようもない」として、国際的な早期警戒態勢の構築の必要性を強く主張している。
 ■津波 本来は「津(船の停泊場所)」に突然押し寄せる「波」との意味で、多くは大地震により起きる。地球上で起きる津波の約8割が環太平洋の地震帯で発生、時速800キロの速さにもなるといわれる。1946年4月、アリューシャン列島で発生した大地震による津波がハワイ列島を襲った際、日系人が使っていた「TSUNAMI」の言葉が国際語として広がったとされる。日本の気象庁は高さ3メートル以上を「大津波」、約2メートル以下を「津波」として津波警報を、高さ数十センチ程度の場合は津波注意報を発表している。
【主な巨大地震】
(1)1960年 チリ地震      M9.5(約5700人)
(2)1964年 アラスカ地震    M9.2(約130人)
(3)1957年 アリューシャン地震 M9.1(0)
(4)1952年 カムチャツカ地震  M9.0(不明)
(4)2004年 スマトラ島沖地震  M9.0(約14000人)
(かっこ内は犠牲者数)
■まぁ本当は両方対策を立てられればいいんだけど、津波よりも風水害被害の方が身近にあれば、限られた予算ならそっちの対策を優先するわなぁ。
<スマトラ地震>小泉首相「支援準備」 12月27日13時7分 (毎日新聞)
 小泉首相は27日昼、スマトラ島沖の地震被害について「日本人もかなり含まれていると報告を受けている」と懸念を示した。被災地への支援については「(被害が)広範囲にわたっているので、現地とよく連絡を取って、日本としてどのような支援ができるか、準備を進めている」と語った。首相官邸で記者団の質問に答えた。

国際緊急援助隊の医療チーム21人を派遣…政府決定 12月27日3時4分 (読売新聞)
 政府は26日夜、インドネシア・スマトラ島沖の地震に伴う津波の被害を受けたスリランカに対し、医師、看護師ら21人で構成する国際緊急援助隊の医療チームを27日に派遣すると発表した。

 スリランカ政府の支援要請を受けたもので、派遣機関は2週間の予定。また、モルディブからも支援要請があったという。

 政府は今後、他の被災国についても、国際緊急援助隊の派遣や、緊急援助物資の供与を検討する方針だ。


 また、外務省は26日午後、大地震に関する緊急連絡室を設置した。インドネシア、スリランカなどにある在外公館などと連絡を取り、在留邦人らの安否確認を急いだ。
■記事にもある様に、我が政府としては今回の地震被害がインド洋沿岸国全体に広がっていることから、スリランカ以外の国から要請があった場合に備え、援助隊の追加派遣やテント・毛布・発電機など緊急援助物資の発送準備を進めているそうです。
時速700キロのジェット機並み…産総研が津波再現 12月27日14時54分 (読売新聞)
 スマトラ沖地震で起きた巨大津波は、ジェット旅客機並みの平均時速700キロ・メートルの猛スピードでインド洋を伝わり、沿岸各地を襲っていた。

 産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が、本震・余震の位置や、地震でずれた断層の構造、周辺の海底地形などの詳細データをもとにコンピューターで作成した再現画像でわかった。

 画像で濃い赤の部分ほど津波(海面の隆起)が高い。青い部分は、逆に海面が沈んでいる「引き波」(時速約350キロ・メートル)の海域。

 本震・余震の震源域が南北に細長いため、津波は主に東西両方向に分かれて伝わり、震源に最も近いインドネシア・スマトラ島北部には30分以内に到達。震源より東側のタイのリゾート地・プーケットは約2時間後、西側のモルディブは約3時間半後に襲われた。

 画像はインターネット(http://staff.aist.go.jp/kenji.satake/animation.gif)で公開されている。
■時速700キロって(汗)

米地質調査所によると、スマトラ沖地震は地震エネルギーの規模を示すモーメントマグニチュードが9・0で阪神大震災を起こした兵庫県南部地震の6・9の約1400倍に相当だそうですね。
すさまじいエネルギーです(汗)

喜久子さま、斂葬の儀 皇族方、最後のお別れ 12月27日4時56分 (産経新聞)
 十八日に逝去された高松宮妃喜久子さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が二十六日、東京都文京区の豊島岡墓地でしめやかに営まれた。葬儀には喪主の寛仁親王殿下、皇太子ご夫妻をはじめ皇族方、小泉純一郎首相ら各界から五百六十六人が参列、最後の別れを告げた。喜久子さまのご遺体は荼毘(だび)に付されたあと、墓所に埋葬された。この日は喜久子さまの九十三歳のお誕生日だった。
 午前の「葬場の儀」では、儀式をつかさどる司祭長の徳川恒孝・徳川記念財団理事長が、がん撲滅に尽くされた喜久子さまの業績をたたえる祭詞を朗読。皇室の慣例によって葬儀に出席されなかった天皇、皇后両陛下のそれぞれの使者が拝礼、喪主の寛仁さま、皇太子ご夫妻、皇族方も続かれた。一般拝礼には計千三百六十七人が訪れた。
 ご遺体は午後、新宿区内で火葬され、豊島岡墓地で行われた「墓所の儀」で、ご愛用の有栖川流の書道具や、茶道具などとともに、高松宮さまが眠られる墓所に納められた。
■話は逸れますが、うちの高校の図書館は「図書館」とは名ばかりの「図書室」レベルでしたが何故か「高松宮日記」が全巻揃っていて一度通読したことがあります。
宮様の日記は皇族であり海軍軍人であったというお立場から海軍軍事作戦に関する推移が克明に記されており中々読み応えがありました。
また高松宮殿下は先帝陛下の直宮であらせられたことから、ご自身の強い意欲で集められた各種情報を先帝陛下に忌憚なく申し上げられたこともあったそうです。
言ってみれば「先帝陛下の情報将校」と言ったところでしょうか。

この「高松宮日記」に興味のある方はちょっと大きめの図書館で探してみて下さい。

謹んで高松宮妃喜久子さまのご冥福をお祈り致します(-人-)...
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by bosc_1945 | 2004-12-27 00:00 | 災害関連


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